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外伝:新米探究者の話


アウトローの船団

ジェズの探究者ノート:星系共通暦2408-D-24 23:50:40 - 記す

 ヴォッサなんて可愛いものだ、あのラヴァク海賊衆に比べれば。そういう記事は、いくつか、ユニオン・インターエクスチェンジ網で見かけたことがある。しかし、実際にまだお目にかかったことはなかった。彼らは元々、我々同様、ユニオンの探究者だったらしいが、なんらかの理由から、ユニオンから離反し、そして今では独自のコミュニティを形成しているらしい。ラヴァク海賊といえば、ネウインベーグ騎士団や、ビューダン商人組合と同じで、大昔の星間伝承にしか登場しないものだとばかり考えていたが、どうやら、その亡霊達が、この薄暗い宇宙空間をまだ徘徊してまわっているらしい。


「ねえ、ジェズ。この雰囲気、なんかヤバくない? サルガッソーって言ったっけ? 大昔の船の墓場みたいなところ。たぶん、宇宙空間に持ってきたらこんな感じになるんじゃないのかな?」
 無数に漂う宇宙船の残骸の間を、縫うようにして慎重に進む、中型高速偵察艦の中からホーンが話し掛けてきた。そのすぐ後を、追うようにしてジェズの乗艦する、中型巡洋艦と彼の配下の小型駆逐艦が続いていた。彼らの艦船は、新しい策敵システムを導入したことにより、ホーンの広範囲レーダーの捉えたデータを、ジェズがいつでも見れるようにリンクが張られていた。
「確かに、君のレーダーは凄い数の残骸を映し出してるね、ホーン。しかも、えらく旧式な船の名残に見える。ここは昔の星間戦争の跡なのかな、根拠はないけど。ところで、今現在のマップの完成度は何パーセントだね?」

 ホーンは、彼の擬人化プログラムであるジェイに確認し、それから答えた。
「32.75パーセントだってさ、ジェズ。三日かかって、まだこれだけだよ。それでも、この宙域の外縁部は殆ど終わってるかな。あとは、中のほうって感じで。あ、もしかして退屈している?」
「いやいや、そんなことはないですよ、ホーン・ハイラズィース君。確かに、ちょっと前までアーサーの艦隊に加わってやってた、対ヴォッサ戦に比べれば、少しのんびりしてるけどね。でも、なんていうのかな。これはこれで、未知への好奇心とでもいえるものが満たされるね。戦いだけが人生ではないということですな。」
「それに、財布の中身も満たされるかもよ、ジェズ・アミウェイ君。未知の宙域データを完成させれば、ユニオンが買い取ってくれるし、さらに小惑星か惑星の類でも発見できたら、しめたもの。その優先開発権は我々のものだよ。」
「アーサーも、惑星開発で資金を捻出したようだしね、あの大艦隊の。さしずめ君は、大型輸送艦を沢山買い込んで、大宇宙コンボイでも作るんだろね、ホーン。」
「はは、いいね、それ。そしたら君は、警備会社でも作って僕のコンボイを護衛してくれないかな。そしたら無敵だね。キャッチフレーズは『惑星もろとも引越しできます』でどうかな。あ、待ってジェズ。生きてる船がいるよ。先客がいたのかな?」
「でも、ユニオン・インターエクスチェンジ網の入札でこの仕事を請け負ったのは君だけなんだろ? いや、あの船はユニオンの船じゃないな、ホーン、使ってる通信体系が我々とは異なるよ。ディー、対象の精査を頼む。」
 ディーはいつもどおり、照合IDをユニオン・インターエクスチェンジ網に送って、結果を引き出し、その内容を報告した。
「ラヴァク海賊衆の偵察艦ですね。船体規模から推測して、ホーン艦と同程度の性能があるかもしれません。つまり、こちらも捕捉された可能性があります。」

 ジェズは、ううむと一声唸ると、ホーンに話かけた。
「海賊衆と接したこと、あるかね? 私はないのだけれど、さて、どうしたものだろう。」
「僕も初めてだよ、ジェズ。ユニオン・インターエクスチェンジ網でいくつか記事は読んだけど、実際には、お初にお目にかかります、だね。こうしたらどうかな。どうやら僕たちはあまりに彼らのことを知らなすぎるようだし、ジェイとディーに議論してもらって、その結果に従おう、ってことでさ。」
 と、ホーンが言うが早いか、ジェイとディーはアプリケーション間通信で高速に意見交換し、即座に結論を出した。
「基本的に、彼らは略奪者ですから、相手にしないほうが無難でしょう。あの偵察艦の背後に一体どれだけの戦力が控えているのか、現段階では不明ですから。」
「オーケー。じゃあ、そういうことだから、ジェズ、進路をZプラス方向に転舵するよ。」

 ホーンの進路取りにジェズも従った。三艦からなる探索艦隊は、ラヴァクの偵察艦に近寄るのをやめて、九十度転舵し、離れる事を選んだ。
「なにか、あるな。」
「あるね。」
 二人は、同時にそれを発見した。またしても、進行方向に宇宙船の残骸や漂流物とは異なる宇宙の異物をレーダーが映し出していた。しかも、その影の数は尋常ではなかった。
 ぽつりぽつりとした隙間があるものの、まるで宇宙空間に打ち込まれた杭の列のように、長く続き、行く手を阻んでいるように思われた。ホーンの精査要求に対して、ジェイが答えた。
「機動機雷の類ですね。いわゆる、宇宙空間上に仕掛けられたトラップです。少なくとも、ユニオンが仕掛けたものではありませんね。そういう情報は一切見当たりませんでした。それと、ここに仕掛けられている機動機雷は、個々に策敵範囲を持ってるようです。つまり、一定距離まで近づくと、こちらを捕捉して、追尾してくるでしょう。しかも、それぞれが通信してますね。恐らく、相互に策敵情報を共有しているのでしょう。と、いうことは、一つでも反応すると、他もひきづられて襲ってくる可能性が非常に高いですね。」

「追尾速度と航続距離は、どのくらいなのかな?」
 ジェズの質問に、今度はディーが答えた。
「おそらく、ホーン艦の最大船速並でしょう。航続距離は、どのような燃料パッケージを採用しているかによりますから、一概にはなんとも言えませんが。しかし、お尋ねの主旨が、強行突破できるか、ということでしたら、答えられますよ、ジェズ。ホーン艦のみが、機雷に追いつかれることなく、飛行可能です。ただし、最適な針路の確保が必要です。」
「ハイパードライブは…。だめだよな。漂流物が多すぎて、十分な加速空間が確保できないか。しかし、あれだね、ホーン。この状況は、とてもなにか悪意的なものを感じるんだが、どうかね。」
「そうだね、ジェズ。どうもさっきから、捕獲網にとびこんじゃった魚みたいな気分になってるんだよ、僕は。」

 二人の、いわば嫌な予感は的中した。ジェイとディーが同時に異なる、しかし、二人にとっては良からぬ状況の変化を報告した。
「機動機雷の敷設ラインが動きはじめました。両翼が包囲するように接近移動中。」
「策敵ラインに船影多数出現。ラヴァック海賊衆の小型戦闘艦艇の集団です。」
「ディー、彼らと交信チャンネルを接続できるかい。」
 ディーはすぐに、ラヴァクの海賊船集団との交信チャンネルを設定した。
「こちら、ユニオンのジェズ・アミウェイ。貴艦らの行為は、ユニオン船籍に対しての威嚇行動とみなされる。即刻、こちらの策敵ラインから退去されよ。」
 返ってきたのは、あからさまに品のなさげな、男の声だった。
「話すことはねえよ、ユニオンの旦那方。だが、もし耳が聞こえてるのなら、その船残して、とっととお家に帰りなよ。そしたら、俺たちは、ユニオンのマークを俺らの印に塗り替えるだけで済むってもんだ。」
「やる気まんまんってのは、このことかね。」
ジェズはそう言うと、ディーに臨戦体勢を命じた。乗艦している中型巡洋艦と配下の小型駆逐艦がそれぞれ、自動照準モードに入った。

「でも、ジェズ。あれは、ちょっと数が多すぎるね。」
 ジェズはその声を聞くと同時に、ホーンの中型高速偵察艦が、最大化速度で、機動機雷群の防衛網に突っ込んでいくのを見た。
「そういえば、ジェズ。僕らは一度も顔を合わせたことがないね。お互い会うときは、いつも、船に乗っていたからね。」
 ホーンは、そう言いながら、機動機雷の策敵範囲ギリギリのところで、急激に旋回運動を行った。
 ひとつか、ふたつ、機動機雷がホーン艦の存在を知った。そして、本来の目的を忠実に果たすべく、ホーン艦を追尾し始めた。それに連動して、周囲の機動機雷たちも、ずるずると引きずられるように動きはじめ、そして、あたかも見えない糸で繋がれていたかのように、V字を描いて、ホーンを追跡し始めた。
 ジェズには、ホーンの姿が、網に引っかかった鷲が、その網を引きちぎり、引きずって、まるで、何事も無かったかのように再び虚空の彼方を目指して飛び去っていくかのように思えた。
「ジェズ、今度、機会があったら是非会いたいな。もちろん、通信経由じゃなくて、肉声で会話できる距離でね。僕はなんだか、とっても君の事が気にいってるんだ。君も多分、そうだろうと思うけど。」
 そう言いながら、ホーンは機動機雷を引き連れて、ラヴァク海賊衆の艦船集団めがけて、迷い無く真っ直ぐに進んで行った。
 泡を喰らったのは、海賊衆だった。獲物の逃げ場を失わせるために設置しておいた罠が、一転自分たちに牙を向いた形になったのだから。
 海賊どもは、狙いも射程距離も関係無しに、てんでばらばらにホーン艦に向かって発砲をし始めた。もとより、回避性能の高いホーン艦は、数発を船体に受けただけで、最高速度を維持したまま、海賊集団の中へと飛び込んでいった。

「今すぐ、全砲門を開け、ディー!」
 ジェズは、叫びながらディーに命じた。行く筋もの衝撃波とミサイルの弾道が、ジェズの艦船から、海賊集団の群れに放たれた。
「ジェズ、もしも機雷だけを奴らにぶつけて、僕だけ向こうにすり抜けられたら、拍手喝采を頼むよ。そして…。」
 ホーン艦の周りで連続的な爆発が巻き起こり、彼の船はその彼方に見えなくなった。


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