ジェズの探究者ノート:星系共通暦2408-B-03 20:45:45 - 記す
前回の記録から少し間があいてしまった。あれから漂流物の回収や『ヴォッサ狩り』で資金を集め、自分の船もそれなりにアップグレードできたつもりでいる。自力でのハイパードライブはまだ無理だが、慣性航法やアウターディメンジョンを用いれば近隣の惑星にたどり着くことはできるだろう。ステーション09周辺の空間マップも大体把握できてきた。そろそろ次の展開を考える頃かもしれない。
「ヘイ、ジェズ、始めまして。僕はユニオンのホーン。ホーン・ハイラズィースだ。」
聴きなれない男の声が、ジェズの船の通信回線チャンネル・ゼロ、つまりユニオンの公式なパブリックチャンネルに飛び込んで来た。その時ジェズはステーション09エリアのはずれのほうで、いつものように漂流物の回収をしながら、ヴォッサの策敵行動をしていた。
「やあ、ホーン。私はジェズ・アミウェイ。何日か前にデビューしたばかりの新米だよ。どうぞよろしく。」
ホーンはジェズのフルネームを聞いて、愉快そうに笑いながら言った。
「ジェズ・アミウェイだって?いい名前だね。僕の星の大統領と同じ名前だよ、その名前は。」
それを聞いたジェズもまた、嬉しくなって言葉を返した。
「ということは、君はガリザイスの出身かい?うれしいね、私もそうなんだよ我が同胞。ところで、何か用?」
「そうそう。ええと、プライベートチャンネルで話できないかな?もしかすると、海賊どもの手下が傍受してるかもしれないからさ。僕の割り当てコールはHRN.934.592.380
なんだけど。」
ジェズは、通信回線の設定に、ホーンの言ったコールナンバーを追加して、そちらに話かけた。
「これでいいかな? 聞こえるかいホーン。」
「オーケー。クリアだよジェズ。でね、用事というか、これはお願いなんだけど…。もし良かったら、僕の仕事を手伝ってもらえないかな。ちょっとした荷物の輸送を、ユニオン星運局から請け負ったんだけども、アウターディメンジョンを使わないと期限に間に合わないそうもないんだ。ところが、今、アウターディメンジョンには、どうしたわけかヴォッサが出没していてね、僕の船の戦力だけでは不安なんだ。それで、君にちょっと手を貸してもらえないかと思ってね。見たところ君の船の火力系統は僕の船よりも上のように思えるし。」
ジェズはレーダーをのぞいてみたが、そこにはまだホーンの船影が映し出されてはいなかった。ホーンの使っている策敵システムは自分のよりもグレードが上なのかな、と考えながら、ジェズは答えた。
「アウターディメンジョンというと、固定ハイパードライブで使う経路空間だよね?私はまだそこに入ったことはないんだが、いい機会だから、ご一緒しようかな。どこで君と合流すればいい? こちらの策敵範囲が狭いみたいで、こちらからは君が見えてないのだけどね。」
「ありがとうジェズ。じゃあ、ユニオン・ステーション09の八番ドックで会わないかい?たぶん僕のほうが先に着くと思うけど、船体修復用の原料カートリッジを補充しなきゃいけないから、ちょうどいいタイミングで合流できると思うよ。」
「オーケーわかったよ。じゃあ後で。」
そういうとジェズは船首をユニオン・ステーション09の方角に向けた。
ジェズの船がユニオン・ステーション09の8番ドックに到着した時、ホーンはすでに出港の準備を終えていた。ジェズはホーンの船を見てちょっと驚いた。彼はニ隻の船を保有していた。一隻は練習用船体をベースに小型偵察艦タイプのアップグレードが施されており、もう一隻は、可搬性能は高いが火力が低い小型輸送船だった。
「なるほどね、ホーン。君の船は偵察艦タイプという訳か。どうりで策敵範囲が広くて足が速いわけだ。でも、その輸送船はどうしたんだい?」
ホーンはジェズに笑いながら答えた。
「昨日、ユニオン・インターエクスチェンジ網のオークションサービスで手に入れたんだ。ベテラン探究者がゴミみたいな値段で出展してたよ。彼らから見ればもう使い道がないんだろうけど、僕的には今までの三倍の荷物が運べるようになって、結構ラッキーだったり。じゃあ、そろそろ行こうか。この近くにアウターディメンジョンの突入ノードがあるんだ。空間座標248x449x532へ向かってくれないかな。そうそう、ユニオンが発行したアウターディメンジョンの通行査証コードを転送するよ。それがないとノードをくぐれないからね。」
擬人化プログラムのディーがジェズに査証コードを受け取った旨を伝えた頃、彼らはアウターディメンジョンへの突入ノードの前に到達した。突入ノードと呼ばれる巨大な装置は、黒い球形の本体から二本のアンテナ状のものが、それぞれ上下に傾いた角度で張り出しており、それが左右対称に二つ一組で配置されていた。それぞれのアンテナの先端を角にして、四角い薄っぺらな幕が宇宙空間を切り開くように出現していた。そこがアウターディメンジョンへの突入口だった。
「目的地は、惑星ファビュラスの静止軌道上だよ。本当は、その惑星上にあるグランビア16とかいうところが最終目的地なんだけど、僕の仕事は静止軌道上まで。そこから先は、ユニオン陸運の誰かが運んでくれるんだろうね、きっと。じゃあ、行こうか。」
そう言ってホーンの二隻の船は突入口の中へと消えていった。ジェズもそれに続いた。
アウターディメンジョンの中の光景はちょっと奇妙だった。ここを初めて体験したジェズは、空間が流れていて時間が広がっているような不思議な感覚を覚えた。宇宙空間のようでありながら、空間そのものから幽かな光が滲み出てくるようで、少し明るかった。そして、何もない空間でありながら、それが僅かにゆらゆらとしている感じがあった。
「先行して、様子を見てくるよ。ジェズ、君は輸送船と一緒に後からついてきてくれないかな。」
ジェズがオーケーと言うのを聞くと、ホーンの小型偵察艦は、急加速して前方に消えていった。ジェズは、輸送艦を護衛するように、その横にぴったりと位置して、進んだ。しばらく行ったところで、ホーンの小型戦闘艦が停止して、後続の二隻が追いつくのを待っていた。
「ヴォッサ艦が二隻、前方で進路を塞いでいるよ、ジェズ。空間がしぼんで狭くなってるから、迂回ルートはないね。どうしようか。」
「君のレーダーが得た策敵情報をこっちに流してくれないかな。来た来た、ありがとう。ディー、敵の精査を。」
ディーは、ほんの少しの時間を情報の照会に費やして、それから答えた。
「識別コードVSA-4981OTZ。ユニオン・インターエクスチェンジ網のデータベースに照会中です。回答あり。二つとも同じタイプのヴォッサですね、ジェズ。好戦種のヴォッサです。一対一なら、この船だけでも勝てるでしょう。ただ、二つ同時に来たら、恐らくもちこたえられないでしょう。」
ジェズは、ううん、と唸ったあと、ホーンに提案した。
「ホーン。ヴォッサを一隻ずつ引っ張ってこれないだろうか。うまく行けば個別に撃破できると思うんだが? どう?」
「オーケー、ジェズ。その線でやってみよう。それと、輸送艦は戦闘想定エリアから少し離しておこう。」
そう言うと、輸送艦は進路を少しそらして、ジェズ船の傍から離れた。一方ホーンの偵察艦は最大速度で飛行し、より近いところにいるヴォッサの手前で急旋回をして、逆向きに転舵した。しかし、ホーン艦は深く突っ込み過ぎた。二つのヴォッサが同時に彼の船を発見し、そして、追ってきた。
やばい、と短く吐き出しながら、ジェズは手前のヴォッサ艦に狙いを定めて砲撃を開始した。被弾したヴォッサ艦は狙いを変更したと見え、ジェズの方へと突進してきた。しかし、ジェズ側の射程距離の方が長かった。ヴォッサ艦がジェズ船を射程距離に収めるまでの間にジェズの船に搭載している速射砲はさらに数撃を加えることが出来た。ついでにジェズは幸運にも恵まれた。ジェズの最初の数撃がすべて敵ヴォッサ艦の火力系統に集中的にダメージを与えたのである。
「敵艦火力、五十パーセントダウン。」
ディーが伝える間でもなく、ヴォッサ艦の攻撃力がすでに十分低下していることを、ジェズは自船が喰らう衝撃波の感じで把握していた。
ホーンもまた、冷静に対処した。ジェズと交戦中のヴォッサ艦の機能が低下すると見るや、退避していた輸送艦を呼び戻してそこに参戦させた。輸送艦の火力は、ジェズの船に比べると非力だったが、それでも、支援射撃としては十分有効だった。さらに、ホーンの偵察艦はその速力を生かして、戦闘エリアの周りをぐるぐると周回し、もう一つのヴォッサを引き摺りまわしていた。
ジェズと交戦したヴォッサはやがてダメージに耐え切れず消滅し、ホーン艦を追っていたもう一艦もすぐに、同じ運命を辿った。ホーンとジェズの船も、ある程度のダメージを受けたが、危機的状況には至らなかった。
「やるねえ、ジェズ。ヴォッサの残した残留品は君が回収していいよ。というか、僕の船にはもう荷物を積む余裕がないんだけど。」
ホーンは、緊急修復を自艦に対して行いながら、ジェズに言った。ジェズもまた、ダメージ個所に修復指示を与えながら、答えた。
「ありがとう、ホーン。それでは、遠慮なく。それと、君の凧揚げみたいな引っ張りまわし作戦もなかなかのものだったよ。さて、修理が済み次第、先に進もう。時間があまりないんだろ?」
それからしばらくの間、彼らはヴォッサの襲撃を受けることもなく、アウターディメンジョンの中を順調に進んで行った。間もなく脱出口というあたりまで来たとき、先行していたホーンが絶望的な声を出した。
「ダメだ…。これはダメだよ、ジェズ…。脱出口の周辺に大きなヴォッサ艦隊がいる。艦船数十二。しかも密集形態で布陣してるよ。まるで、この辺のヴォッサが皆ここで集会でも開いているかのようだ。いちおう、策敵情報を転送するから、見てごらんよ。」
転送されてきた情報を自分の船のレーダーで確認したジェズも、思わず、うおっとうめき声を発した。脱出口を塞ぐようにして、陣形を組むヴォッサの艦隊がそこに映し出されていた。
「これは尋常じゃないね、ホーン。誰か別の船が強行脱出を試みて、ここにヴォッサを集めちゃったんじゃないかね。しかし、いずれにせよ、我々もここを抜けるしかないんだろ? ディー、敵の精査結果は?」
ディーの返答もまた絶望的なものだった。
「ええと、ジェズ。結論だけ言うと、とても強いですよ。シミュレーションの結果、一斉に砲撃されたら、せいぜい耐えられるのは、第五波までです。それ以降は、火力系、防衛系、機関系の何れかが停止状態になりますね。そうなった場合、良くて大破、実際には高確率で撃沈されます。」
「どうする、ジェズ? 諦めて戻ろうか?」
「いいや、ホーン。なにか、絶対に方法がある筈だ。最大の目的は、いかに君の輸送艦を、あの脱出口の外に送り届けるか、だよ。戻るだけなら、脱出ポッドでも戻れるしね、木っ端微塵にならなければ、だけど…。私はそれでも構わない。安全無難に生延びるより、エピソードになることを選びたいね。」
「ありがとう、ジェズ。じゃあ方法は一つだね。僕と君が同時に突っ込んで、艦隊の標的になり、奴らを可能な限り誘導して進路を空けるしかない。たぶん、君も同じことを考えてると思うけど。」
「同感。問題はどっちの方に動かすかだけど。どっちでも同じに見えるな。ホーン、君は右利き? それとも左利き?」
ホーンは、左利きだよ、と答えた。
「じゃ、君の利き腕に敬意を表して、左に誘導しよう。行こうか。」
ジェズとホーンの船は並んでまっすぐにヴォッサ艦隊に突っ込んで行った。すぐに警戒警報音が船内に鳴り響いた。
「第一波がくるぜ、ホーン。左に旋回しよう。」
「了解、ジェズ。ご幸運を。」
ジェズは、残燃料を気にせずに、防衛システムの出力を最大レベルまで引き上げた。ホーンもまた、自艦の船速を最大限度にして、ぐんぐんと加速した。二人はかつて喰らったことのないほどの衝撃に見舞われた。レーダー上のヴォッサ艦隊は、二人を追って僅かに左方向に移動を始めたように見えた。続いて敵攻撃の第二派が到来した。
「ダメだ、ジェズ。連続して機関系にダメージを受けた。偵察艦は足が遅くなったら全く役に立たないよ。そんなに遠くまでいけないかもしれない。待って、あれはなんだ?前方に何かいるよ!」
ホーンが何かを見つけて、絶叫に近い声を出した。
「ジェズ! 前にも別の艦隊が!」
ホーンの言葉が終わる前に、ジェズにも見えた。前方から巨大な破壊力を秘めた衝撃波が行く筋もやってくるのが、もはや肉眼でもわかった。二人はこれ以上はない絶望的な感情の波に飲み込まれた。しかし、それも一瞬だった。
前方からきた衝撃波の群れは、ジェズにもホーンにも当たらずに、そのまま、後方のヴォッサ艦隊に飲み込まれた。
ヴォッサ艦隊は一瞬にして火だるまになった。
間髪をいれず、二人の前方から、ヴォッサめがけて二派、三派が到来した。それは二人が今まで見たこともないような圧倒的な火力だった。第四派が到来した頃、ヴォッサ艦隊のほとんどは消滅していた。第五派が去った後、そこには無数の残留物が漂っているだけだった。
よれよれになった二人の船の前におよそ三十隻はあろうかという大宇宙艦隊が現れた。戦艦級、巡洋艦級、ミサイル艦級のどの船も、かつて見たことがないほど大きくて立派だった。二人の船のチャンネル・ゼロに同時に艦隊からの通信が入電してきた。
「こちらは、惑星ファビュラスのユニオン艦隊のアーサー・ゲルシュタイン。この近辺のヴォッサ掃討作戦を展開中でね。大丈夫かね? お二方?」
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