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外伝:新米探究者の話


新米の船

ジェズの探究者ノート:星系共通暦2408-A-50 01:57:00 - 記す

 ユニオンから支給された練習艇は、小型で可搬性能も低く武装も貧弱、ついでに航続距離がとても短いときている。新米の探究者にはこれで十分ということか。せめてもの救いは、自己修復システムが搭載されていることだろう。練習用とはいえ、さすがにユニオンの船だけのことはある。とはいえ、目下の目的は操船技術の習得にある。これが出来ないことには、なにもはじまらない。


「そうです。それで上下左右の転舵ができます。以上で基本的な操船方法の説明は終わりです。実際に移動する場合には、ほとんど私が操縦制御を担当することになると思いますが、万が一の場合に備えて、手動による制御手順の把握も重要ですからね。」
 狭い船内にディーの声が響いた。ジェズは、ふうっと一息ついてから言った。
「思ったほど、難しくはないね。私の腕の良し悪しじゃなくて、君のアシストが絶妙だ、というのが本当のところだけど。ところで、この練習艇だと、どのへんまでいけるのかな?」
「せいぜいユニオン・ステーション09周辺エリアですね、ジェズ。この船は今のところ、星間航行できるほどの航続距離がありませんから。そうそう、今ユニオンにあなたの操船技術のレポートを提出しておきましたよ。じきにトリプルEの認定が下りるでしょう。そうすれば、もう一ランク上の船の操船認可が得られますよ。」
「とはいえ、ディー。その船をどうやって手に入れるかが問題だね。」
「手段は色々ありますが、最善の方法というと難しいですね。ユニオン・インターエクスチェンジ網の中に個人サイトエリアがありますから、そこで先輩諸氏による情報を検索してみたり、購買セクションで有名ベテラン探究者の出版物を購入しみることをお薦めしますね。」

 そんな話をしながら、彼らは「俺はジェズ」と名付けられた練習艇でユニオン・ステーション09の周りを大きな楕円軌道を描くように周回していた。
「ディー、あれはなんだい? ちょっと行ってみよう。」
ジェズは船のレーダー上に黒い影を認め、その方向に向けて船を進めながら言った。やがて視界の中になにかが現れ、徐々にそこに近づくにつれ、それが機械設備の断片か何かであることが分かった。
「おそらく浮遊物か漂流物の類でしょう。精査してみますか?」
 ディーの問いかけにジェズは、そうしよう、と短く答えた。
「識別コードUSO-005921C。ユニオン・インターエクスチェンジ網のデータベースに照会中です。回答あり。小型輸送船の残骸、漂流物だそうです。内部に積荷用コンテナが認められます。」
 ジェズは船を近くまで寄せると積荷用コンテナを回収した。その中にはおよそ500キログラム相当の鉱物資源と何かの機械部品が収容されていた。
「これは何だろう?ディーわかる?」
「精査します。ベロム鉱石とグレード3の宇宙船用リアクターパーツですね。ランクDのエネルギー工学資格があれば、ベロム鉱石は精錬することで宇宙船のエネルギーパッケージを作成できますし、ステーションに常駐しているバイヤーにそのまま売ることもできます。」
「リアクターパーツというのは?」
「宇宙船の機関制御系強化部品のひとつです。ベロム鉱石と同様に売ることができますし、改良を加えればこの船に装備することもできます。少しお金がかかりますけどね、ジェズ。でも、船の航続距離が今よりも伸びますよ。」
「なるほど分かった。新米探究者はまず宇宙のゴミを拾えってことかな。それなら、もう少し何かないかな。」
 そういうとジェズはその辺りを移動してまわり、さらに幾つかの漂流物を発見しては回収した。

 五個か六個、コンテナを積み込んだあたりで、ディーがジェズに告げた。
「この船の可搬限界ですね。もうこれ以上なにも積めませんよ、ジェズ。」
「じゃ、一回ステーションに戻ろうか?」
 ジェズの船「俺はジェズ」号は回頭すると、ステーションに向けて進路を取った。
「意外と遠くまで来てたんだな。」
 ジェズがそう言った時、突然、船内に警戒警報音が鳴り響いた。それと同時に、船の通信チャンネルに、唸るような、うめくような、およそ人間とは思えない何か異形の声のようなものが飛び込んできた。その声は動物の吠え声をデジタイズして金属質に変化させたような耳障りな響きを持ち、「ヴォッサ、ヴォッサ、ウー!」と叫んでいるように思えた。
 直後に、高速で真一文字にこちらに向かってくる影がレーダー上に認められた。

「ヴォッサ襲来!指示を!」
ディーが擬人化プログラムとしては可能な限り切迫した声で言った。それと同時になにかがぶつかったような衝撃がジェズの船を襲った。
「機関制御系統に十二パーセントのダメージ。機動力低下。」
 ディーが報告した。ジェズは突然のことに何をどうしていいか判断できなかった。しかし、ディーは船を自己防衛モードに切り替え、反撃を開始した。暗闇の宇宙空間を切り裂くようにして、エネルギー波の応酬が行われた。上から下から、または右から左からと、両者は位置を入れ替えながら、撃ち、かわし、そしてまた撃った。
 見たところ、お互いにあと一撃だった。そしてとどめの一撃は敵方のほうが一瞬早かった。「俺はジェズ」号は移動、防衛、火器制御系の全システムがダウンした。ディーは、あきらめたかのように緊急離脱の手続きを執行し、操縦席を脱出ポッドとして切り離し、宇宙空間に放り出した。ジェズは脱出時のショックですぐに意識を失ったが、脱出ポッドは、そんなことにはおかまいなく、即座にハイパードライブに入り、ジェズをステーションに移送した。

 ジェズが気付いた時、彼はステーション内の救命セクションにあるベッドの上にいた。
「もうしわけありません、ジェズ。」
 装備したままの通信端末からディーの声がした。
「ディーか。あれはなんだい? 一体何がおきたんだい?」
「ヴォッサと呼ばれるものの襲撃ですよ、ジェズ。あの座標で出くわすとは予想外でした。」
「何者だい? そのヴォッサというのは。」
「それは難しい質問ですね、ジェズ。実際のところヴォッサについてはほとんど何も分かっていないのです。彼らとは今後も宇宙空間で頻繁に遭遇するでしょう。すべてが好戦的な訳ではありませんが、中には先ほどのように見境無く喧嘩を挑んでくるものもいます。」
「異星人なのかい?」
「それすらも不明です。彼らの本当の正体がいまだに分からないのは、かれらのサンプルが採取できないからです。彼らは打ち負かされると、完全に消滅してしまうのですよ、時々、どこかで拾ったのか、コンテナなどの浮遊物の類を残すことはありますがね。ですから、そもそもあれが何者かが操縦している宇宙船なのかそれとも生物としての姿なのかも分かっていないのですよ。便宜的にヴォッサ艦とか、一隻二隻と数えたりする場合もありますが…。いずれにせよ、今のところ、この星系における謎の存在、としか言い様がないのです。」
「なるほど。あの時、逃げるべきだったかな。」
「それも難しい質問ですね、ジェズ。もう少しステーションに近ければ、防衛設備が状況を検知して、応戦してくれたでしょう。ですが、あそこから防衛圏まで逃げ切れたかどうかは微妙なところですね。私は所定の手続きに従って、あなたの船を防衛モードに入れましたが、状況としてはやはり交戦するしか無かったと思いますよ。両者の戦力はほぼ互角でしたし、もしもヴォッサを打ち倒した場合、その残留品を獲得できるチャンスもありました。あなたの船の火器系統、防衛系統、推進系統のいずれかがアップグレードされていれば、もう少し状況は有利でしたね。」
「船…。そういえば、私の船はどうなった?」
「まだあそこにありますよ、ジェズ。状況は大破、といったところでしょう。ヴォッサは攻撃はしてきても、大破させた船を捕獲することはありませんから。あの交戦はすでにユニオンに報告してありますから、じきに回収セクションがここまで曳航してきてくれるでしょう。あるいは追加料金を支払えば優先事項として、もっと早く作業を完了してくれるでしょう。どうしますか?」
「回収セクションに通常の作業でお願いしよう。修理はどうしたらいいかな。」
「自己修復システムが作動していますから、ステーションまで曳航されている間にはかなり元に戻ってると思いますよ、ジェズ。」
「分かった、ありがとうディー。今日は色々あって疲れたよ。私は少し休ませてもらうよ。」
 ジェズはそう言って、ネットワークとの通信を切断した。


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