ジェズの探究者ノート:星系共通暦2408-A-49 26:48:32 - 記す
本日、ユニオンより探究者ライセンスが交付された。これから私はこの星系で、探究者として晴れて活動するお墨付きをユニオンからもらった訳だ。
ライセンスと一緒に色々な資料が渡された。その中の一つにユニオン・インターエクスチェンジ網のアクセスIDと初期パスワードが含まれていた。ユニオン・インターエクスチェンジ網は、探究者ライセンスを有するものに提供される、専用ネットワークサービスである、と説明されている。我々の活動に必要な一切合財の情報がそこにあるらしい。
「ユニオン・インターエクスチェンジ網に接続するには、どうしたらいいのかな?」
ジェズは、ライセンス交付セクションの情報サービスカウンターで係員に尋ねた。カウンターと一体化した案内用ヒューマノイド木偶はジェズのほうに無表情な金属製の顔を向けると、抑揚のない女性の声でこう答えた。
「A-アカウント確認? B-操作方法? C-接続装置に関して?」
ジェズは、この言語メニュー選択方式の面倒くささはなんとかならないかな、と苦笑いを浮かべながら言った。
「Cで。」
ジェズの疑問に答えるために、最適な擬人化プログラムがリロードされ、ヒューマノイド木偶の音声が慇懃な口調の男声に変わった。
「お待たせいたしました。ユニオン・インターエクスチェンジ網、関連デバイス情報担当のズィーと申します。どのようなご質問で?」
ジェズは、そのコンピュータプログラムが比較的新しいユーザーインターフェースガイドラインを採用していることに安心し、心置きなく相談を持ちかけることにした。
「そのネットワークに接続するための機器はどうしたらいいのかな?」
「一般的にはユニオンの購買セクションよりご購入またはレンタルしていただくことになります。なんらかの理由により機器をお持ちでない場合、一時的にフリーターミナルをご利用になることも可能です。ただし、フリーターミナルは固定式のため、持ち運ぶことはお出来になりませんが。」
「このへんにあるかな、そのフリーターミナルとやらは。ちょっとアカウントの接続確認をしてみたいんだがね。」
「アーカイブセクションに25台設置しております。そちらのラックに、この施設、つまりユニオン・ステーション09の案内がございますので、ご参照ください。」
ヒューマノイド木偶はそう言って、カウンターの右の方に据え付けられた、金属製の書類ラックを指差した。
ジェズは、ありがとうと一言いって、書類ラックから設備ガイドと書かれた薄いパンフレットを取り出し、掲載されている館内マップを頼りにして、アーカイブセクションへと向かった。
アーカイブセクションの掲示がある部屋は、白い金属製の壁に囲まれた窓のない食堂のようなところで、長いテーブルが数列置かれていた。各テーブルの上には、大きなゴーグルのような装置が鎖で固定されて置かれていた。ジェズは一番奥のテーブルの端っこの席に座り、そのゴーグルに似た装置のひとつを装着した。被ると同時に自動的に装置のパワーが投入され、ジェズの視覚いっぱいにネットワークへの接続認証画面が現れた。ジェズはゴーグルの横についているダイアルノブを回して視界透明度を調整し、画面越しに先ほど受け取った資料を見やり、その上に印刷されている自分のIDとパスワードを視線で選択してから、ログイン画面上に移動させた。
ネットワークはジェズのIDとパスワード、それに生体波の特性を照合して接続者がジェズ本人であることを認め、その接続を受け入れた。画面内に幾つかのグラフィカルメニューが現れ、ゴーグル内部に装備された骨振動伝達式のスピーカーから、男性の声が聞こえた。
「はじめましてジェズ。私はあなたのアシストをするためにユニオンから支給された擬人化プログラムのディーです。早速ですがビジュアルメッセージが1通届いていますよ。ユニオンのヒューマンリソースセクションからです。今、ご覧になりますか?」
ジェズは、画面左下に点滅しているメッセージマークをじっと見つめ、読もうかなと思った。
「では、オープンします。」
ジェズの目の前に、まるで実在する手紙のような質感をもつ映像が現れた。そこには、本当にタイピストが打ち出したような文字列が並んでおり、歓迎の言葉が手短に述べられていた。ジェズは、その内容にあまり意味を感じなかった。手紙は目の前でくしゃくしゃに丸められた。
「では、捨てますよ?」
ディーがそう言うと、丸められた手紙は目の前から消えてなくなった。
次にジェズは購買セクションにアクセスし、携帯通信端末機器のコーナーを閲覧した。ざっと見たところ、それらの機器には、今ジェズが使っている視線インターフェース/思念感知方式と、音声インターフェース/会話方式の二つの種類があった。とりあえず、ジェズはより安価な後者のモデルの中から、彼好みのデザインの物をひとつ選ぶとレンタル手続きに進んだ。ジェズの初期支度金が入金されている、ユニオン口座の画面が現れ、そこに一行、引き落とし予定が書き加えられた。
ジェズは立ち上がりながら、ゴーグル型のフリーターミナルを外して静かにテーブルの上に戻し、アーカイブセクションを後にしてデポ・ターミナルを探した。アーカイブセクション前の通路を少し進むと、それはすぐに見つかった。ジェズは名義認証を行ってから、そのデポ・ターミナルの蓋を開いた。するとそこには、つい今しがた契約した携帯通信端末機器のパッケージあった。
ジェズはパッケージから中身を取り出して、布のように薄くて軽い本体を左手首に巻きつけ、付属の小型のヘッドセットを左の耳に装着した。装備された携帯通信端末は、自動的にパーソナライズプロセスを実行し、そしてユニオン・インターエクスチェンジに接続した。ヘッドセットから、ディーの声が再び聞こえた。
「携帯端末を手に入れましたね、ジェズ。」
「ああ、やはり言葉で話せるほうが自然でいい。ディーと言ったけ? よろしく。ところで、君は今、どこにいるんだい?」
ジェズは端末と一緒にパッケージグされていた、説明用マニュアルメディアや他の付属品をデポ・ターミナルに戻して、自分名義の保管庫に転送しながら言った。
「今はあなたのすぐ横の壁の中ですよ、ジェズ。私はこのステーション内では、あなたの行く先々についてまわることができます。例えそれがトイレの中でもね。」
ジェズは苦笑いしながら言った。
「それは結構な事だ、寂しくなくていい。ところでディー、新米探究者の私としては、まず何をすべきかのアドバイスをくれないかな?」
「そうですね。まずなによりも、あなたの船を見にいきませんか?そしてよければ操船の練習をしてみてはいかがでしょう? すでにドックに用意されてるはずですから、ご案内しましょうか?」
ディーはドックまでの道順をジェズの端末装置に表示し、彼をナビゲートした。程なく、彼は三番ドックと掲示された区画にたどり着いた。通路の一方の壁が、透明な材質で形成されており、その向こう側には、停船している宇宙船の一群と、気密スーツを着込んだ作業員たちの姿が見えた。壁の向こう側はあるていどの重力制御下にはあるものの、大気調整はされておらず、そのまま宇宙空間とつながっていた。
「ジェズ。減圧区画の手間のデポ・ターミナルで、そこであなたの気密スーツを受け取れるように手配をしておきました。それを着用してから減圧区画を通過してください。その間に私は、自分自身をあなたの宇宙船に転送しておきますので。」
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