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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第三部


ヴォッサ襲来

 ホーリィは腹ぺこだった。
 考えてみれば、惑星ダバラに降り立った時から今まで、口にしたものと言えば、強烈な風味のするラム酒と葉巻だけ、という有様だった。
 ホーリィほど深刻な状態ではないにせよ、ヴェルもまた食事の時間が必要だった。
 そんな訳で、思惑の一致した二人は、食べ物にありつくために船内の簡易ラウンジへと移動していた。
「驚いたね。君らは宇宙空間にいながら、いつもこんな食事をしてるのかい?」
 ホーリィは運ばれてきた一皿をナイフで突きながら言った。皿の上には、白身魚をバターで軽くソテーし、その上に何かの香草を乗っけたものがあった。
「ええ、そうよ。おかしいかしら?」
 ヴェルは、沢山の貝類が盛られたスープ皿の中から、少し潮の香りがする白いスープをスプーンで救い上げ、ぽってりとした唇に運んだ。
「おかしいというか、ちょっとしたカルチャーショックだね。そもそも宇宙船の中にここまで出来る調理設備を持ち込もうなんて、思いもつかない。」
「あら、そう?私たちにはごく普通の感覚だわ。だってホーリイ、考えても御覧なさい、人生における喜びについて。食事はもちろんその中のひとつで、しかも頻繁に訪れる機会よ。ラヴァク人なら、その快楽は逃さずにとことん追及するわね。」
 ホーリィは白身魚のソテーを切り分けて口に運びいれた。繊細な肉質が口の中で溶けるように分解しながら、その間から旨みに溢れた汁が沁みだしてきた。
「なるほど。とことん追求されてる味だね。ビューダン宙域の感覚では、これは地上で、ちょっとめかしこんで出かけた時に頼むようなメニューだよ。」
 ヴェルは生の野菜がたっぷりと積み上げられた別のさらにフォークを突き刺しながら言った。
「ビューダンの方って思ったよりも禁欲的な生き方をしてるのかしら?だとしたら、あなたは、もっと驚くことになるわね。機会があったら案内してあげるわ。ラヴァクの地上で、おめかしして出かけた先で食事をしたら、どんなものにありつけるかをね。食後のデザートはどうしましょう?私はお茶とフルーツの盛り合わせを頼むけど?」
「同じものを、俺にも。」
 ヴェルは胸ポケットから金属製端末装置を取り出すと、指先で数回、その表面をタップした。
「ひとつ、気になってたことがあるんだけどね、ヴェル。」
「なにかしら?」
「君らはなにかする時、必ずその装置を用いるようだけど、ここには擬人化プログラムは普及してないのかね?」
「どういうことかしら?そもそも、それはなに?」
「例えば、我々ビューダンの人間は、こんな時は声に出して指示するんだよ。それを聞いてくれる擬人化プログラムがどこかに潜んでいて、大抵はよしなに事を運んでくれるんだ。」
 ヴェルは運ばれてきたフルーツをつまみながら、すっかりくつろいだ様子で言った。
「そう言えば、子供の頃読んだ本にそんなことが書いてあったわ。ビューダンでは、人は部屋に対して命令するってね。なぜ、ここではそうじゃないのか、思いつきでいいなら答えてあげるわ。自分に関することになのに、誰かに依存してしまうあたりが、ラヴァクの人間にはしっくりこないかもしれないわね。召使いに何かしてもらうような発想はラヴァクにはないのよ。自分のことは自分ですべきだし、他人になにかしてあげることを善意ではなくて職務とするのは、なにか気に入らないところがあるのよね。」
「なるほどね。」
 そういいながら、ホーリィもヴェルにならって、一つつまんだ。瑞々しくて甘酸っぱい感覚が口の中に広がり、食後の口の中がさわやかに洗われていく感じがした。
「それからもうひとつ、理由があるかしら。たぶん、あなたが言うようなシステムが普及するためには、広範な社会的合意が必要じゃない?この装置と別の装置が対話するための規格とかね。そういう連携できる全体的なシステムっていうのはラヴァク的感覚じゃないわね。どちらかというと個人主義が強いということかしら?例えば、ラヴァクでなにか画期的な発明があるとするじゃない、でもその影響は、その発明品が最初及ぼしたジャンルに限られるのよ。突出した独創性と応用性の欠落が、ラヴァク文化のひとつの特徴かもしれないわね。良い言葉で言えば独立心旺盛。悪い言葉で言えば協調性がない。」
 ヴェルはそこで、ひと口茶をすすって一呼吸おいてから続けた。
「ところで、ホーリィ。この後の展開だけど…。」
「食欲の満たされた後は、別の人生の快楽の追及を?」
 ヴェルは妙に意味ありげににっこり微笑みながら、言った。
「馬鹿ね。確かにその提案はとてもラヴァク流で魅力的だわ、ミスター・アクティア。でも残念なことに私は目下、勤務時間中ですからね、そういう訳にもいかないわ。で、とりあえず、あなたを近くのステーションまでお送りすることになるかしら。」
 その時、船内に警報音が鳴り響き、ラウンジの明りが赤い警告色に切り替わった。
「ムードを演出するダウンライトにしては、やけにけたたましい。」
「違うわ!これは警戒警報よ!ブリッジへ行きましょう、ホーリィ。」
 ヴェルはそう言うと立ち上がって駆け出した。ホーリィも後に続いた。

***

 ヴェルとホーリィがブリッジへ駆け上がってみると、そこは騒然とした臨戦体制に入っていた。
「キャプテン・エバンズ。どうしたの?海賊船?」
 ヴェルが船長と思しき男に声をかけた。
「いいやヘイムワーグ捜査官。もっとタチが悪いヴォッサの群れだよ。相手がヴォッサとなれば君の出番はない。その客人と一緒に万が一に備えていたまえ。レーダー手、敵さんの規模の把握を急げ。砲手、防衛システム作動と同時に主攻撃システムの起動を。操舵手、エネルギー遮蔽幕の展開と進路急転六時の方向で、一旦離脱。」
「行きましょう、ホーリィ。」
 ヴェルはホーリィの手をとって、ブリッジの外へ飛び出した。
「ヴォッサか!?宇宙生命艦の!?ここにもいるのか?」
 ホーリィは走りながら言った。
「ええそうよ。あなたヴォッサを知ってるの?」
「知ってるも何も、航空宇宙軍の頃に、よく掃討作戦に狩り出されたもんだ。」
「じゃあ話は早いわね。はい、これを持って。」
 ヴェルは途中にあったロッカーから、気密スーツをとりだして手渡すと、また駆け出した。
「このかけっこは、どこがゴールだい?」
「ここよ、さあ、入って。」
ホーリィはヴェルの開けたハッチに押し込まれた。中は狭く、人二人がやっと入れるくらいの広さだった。ヴェルはもぞもぞと気密スーツを着込みながら言った。
「あなたも着なさい、ホーリィ。分からないなら聞いてちょうだい。」
 ホーリィも狭いなかで気密スーツを着込み始めた。お互いの腕や肘がところどころにぶつかり合った。
二人の乗っている船が二度三度と大きく揺れた。
「はじまったわね。」
 ヴェルが上を見上げて言った。
「なるほどここは脱出ポッドの中か。ちょいと借りるよ、通信装置をね。」
 ホーリィは脱出ポッドの通信系と思しき操作盤のスイッチを入れた。
「ちょいと勝手が違うかな…。ケイ、聞こえるかい?ケイ?」
「不明瞭ですが、聞こえますよホーリィ。変なところからコンタクトしてきますね。惑星ダバラに居るはずでは?」
「誰なの?」
 ヴェルが整った眉をよせながら尋ねた。
「俺の相棒さ。さっき話した擬人化プログラムってやつ。で、ケイ。俺が今いる周辺の状況、そこから精査できるかい?」
「ええ、すでにやってますが、ホーリィ。大変なことになってますね。ヴォッサが六匹、あなたのいる船を取り囲んでますよ。」
 船内にズシンという振動が走った。
「ケイ、今のは?」
「ヴォッサが一匹、船にのしかかってますよ。エネルギー遮蔽幕を食い破ろうとしているようですが。」
「ヴェル、これは勝てる戦いなのかね?」
「どうかしら?いままでもヴォッサに遭遇したことはあるけど、さすがに六匹ってのは多すぎる気がするわね。」
「聞いたかい、ケイ。どうやら我が幌馬車は騎兵隊の応援が必要みたいだ。キングドワーフの武装ユニットの調整は終わったのかい?」
「ええ、ホーリィ。制御系の調整再プログラミングは終了してますが、試射による誤差補正がまだですね。しかし、なによりそこにたどり着くまで少々時間が必要ですが。」
船がまたおおきく揺れ、船内スピーカーから総員退艦を命じる艦長の声が流れた。
「騎兵隊を待ってる暇は、もうないみたいよ。離脱するわ。」
 ヴェルはそう言うと、ホーリィの上にのしかかるようにして手を伸ばし、ひとつのレバーを引いた。
 ホーリィとヴェルを乗せた脱出ポッドがくるくると回転しながら、船外に排出され、慣性飛行で船から離れていった。
 排出時の遠心力で、ヴェルはホーリィの上に押し付けられる様に乗っかっていた。
「まあ、ごめんなさい、ホーリィ。すぐに、姿勢制御装置が作動すると思うわ。」
「いや、俺はこのままでも構わないが?」
 ホーリィの期待をよそに自動姿勢制御装置が作動し、回転が収まった。
遠心力を失った脱出ポッド内は無重力状態になり、急にヴェルの体が浮かび上がった。
ヴェルは慌ててホーリィの両肩に手を伸ばしてしがみつきながら言った。
「何度もごめんなさいね、ホーリィ。すぐに自分のシートに戻るから。」
「何度も言うけど、俺はこのままでも構わないが?」
 そう言いながらホーリィはヴェルの背後にある窓ごしに外を見やった。
 ヴェルもホーリィの視線の先を見ようと上体をひねった。
 巨大な宇宙船とも生物ともつかない一匹のヴォッサが、先ほどまでホーリィたちの乗っていた船に覆い被さるようにしていた。その周りを、形こそ違うが、やはり宇宙船のようでもあり生物のようでもある他のヴォッサが飛び回り、自らの体の一部を切り離しながら監視局艇にむけて撃ちこんでいた。
ホーリィ達に遅れて、幾つもの脱出ポッドが排出されてきた。そのしばらく後、監視局艇は二つに折れたかと思うと、大きく光り輝いてヴォッサどもを巻き込み、飛び散った。
「ヴォッサも巻き添えになったようだな。」
 その時、ヴェルが窓の外になにかを見つけた。
「ホーリィ!あれを見て!」
 そういうと、ヴェルはホーリィの肩に乗せていた腕に力を込めると、思いっきりホーリィに抱きついてきた。
「あんなものが本当にこの世にあるなんて!死せる海賊の館、『彷徨える海賊城』が本当にあるなんて!」
 ホーリィは突然恐慌を来したヴェルの腰に手を回すと、抱き寄せると、窓の外を見やった。
遠くにうっすらと海賊海流の赤い帯が見えていた。そしてその奥のほうから、ゆっくりと浮かび上がってくる巨大な影が見えた。
「ヴェル…。俺は、あれを知ってるよ。あれは、古代船バラムだ。」
 暗い船内に、どこからかうっすらと明りが差し込んできた。
 その明りは、ホーリィの足元にある金属のケースの隙間から漏れ出ていた。
 ホーリィは片手でヴェルを抱きかかえたまま、もう一方の手を伸ばすとそのケースを開けた。
 アクティアヌスの守り刀が、揺らめくような炎の輝きを取り戻していた。


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