ホーリィ・アクティアが惑星ダバラの宇宙港に降り立ったときは、もう深夜を十分に回った時間だった。にもかかわらず、すでにその港が眠りを知らぬ歓楽リゾートの一角に組みこまれているかのように、いかにも金持ち風な老人たちや、それに媚びを売り売り寄り添う、肌もあらわな若い女達、チップ狙いの荷物担ぎや、小うるさくしゃべくりまくる客引きでごったがえし、二度と来るもんかといった苦々しい顔の旅行者の一団が横を通り過ぎたかと思えば、妙に肌がつるつるてかてかと充実したおばさん方、あるいは、柱の影に目をやれば、あからさまに胡散臭い目つきの野郎ども等などで溢れ返っていた。
ホーリィは、いかにも旅行者でございといった風情の白い薄手のライトスーツを着込み、さらにその雰囲気の上塗りをするように、取り出したサングラスをかけ、吸いかけのチャーチル&キッシンジャーを取り出すと、それに火をつけた。
なにしろ、数時間ぶりの葉巻であり、泣けた。
今回、ホーリィは軌道上にある入国ステーション経由で軌道シャトルに乗り、惑星ダバラに上陸したのである。入国査証を一応取得するためにそうしたのだが、軌道シャトルには、あの忌まわしい禁煙ランプがあることをすっかり忘れていたのだった。
「旦那、なにかお困りで?」
ホーリィは不意に背後から声を掛けられ、振り向いた。そこには小柄な男が両手をもみもみしながら立っていた。大きめの赤くて派手なバンダナを頭に巻いて、しわくちゃのシャツに綺麗な蝶ネクタイを巻き、だぶだぶのズボンをはいて、腰にはいかにも海賊風のカトラス・スタイルの刀を吊り下げていた。
「誰かな?」
「あっしですかい?へへ、こういうもんで。」
男は首から紐でぶら下げている、薄い透明なケースにはさまれた紙を見せた。
ホーリィはそれを読み上げながら言った。
「公認観光ガイド証書。ガストン・オベザリオ?公認ってのは、どこの公認なんだい?」
「当局でさ、旦那。」
「身分認証公団みたいなもんかね?」
「まあ、そんなもんでさ。ともあれここで重要なのは、旦那、あっしが観光ガイドだってことでさぁね。なにかお困りの向きがあれば、あっしがお力になりますがね。」
「そんな、変な海賊くずれのなりでかい?頼んだが最後、身包み剥いだりしないだろうね?」
ガストンは腰からカトラスを抜いてみせながら言った。
「こいつのことですかい?旦那、ここではね、現地スタッフは必ずなんかの扮装を義務づけられてましてね。こいつぁただの玩具でさぁ。」
そういってガストンは自分の左腕を切りつけてみせた。無論、なにも起きなかった。
「誰に義務づけられてんだい?」
「当局でさ、旦那。まあ、細かい話はいいじゃないすかね、とりあえずあっしの車まで行きやしょうや。どれ、お荷物をお持ちしましょう。」
ガストンは、ホーリィの足元のケースに手を伸ばしたが、ホーリィはガストンより先にそれを持ち上げた。
「いや、いいよ。荷物は自分で持つことにしてるんだ、健康のためにね。」
ガストンはホーリィの拒絶に対して哀れなほどの落胆した表情を見せた。それを見たホーリィはついつい言ってしまった。
「だが、世話にはなるよ。車はどっちだい?」
***
「これかい?本当に?」
ホーリィは、ガストンの車を見て思わず言った。
それには黒塗りの真四角な乗車席と、大きな車輪が四つあり、お伽話に出てくる、馬車とかいうやつにそっくりだった。ただし、馬が引っ張っているわけではなく、馬車の先には牽引用の陸面浮動方式の車両装置がつながっていた。
「いいでがしょ、旦那?ムード満点って奴でさね。もっとも旦那はお一人のようですが、ご要望とあらば、お隣の席を埋めるご婦人なんぞもご紹介できますがね。」
そう言うとガストンは、馬車の扉を開けて、ホーリィを押し込むと、自分は前部の御者席に登った。
「とりあえず、出しますぜ旦那。」
ガストンは手綱状の操縦装置で、牽引車両の尻をパシッと叩いた。
馬車の客席は六人乗りで、三人づつが対面で座れるようになっていた。
御者席とは少し距離があったが、通話補助装置がどこかにあるらしく、明瞭なガストンの声が聞こえた。
「で、旦那。どちらに向かいやしょうかね。ラヴァク・ナンバーワンの女性ダンサーのいるエキゾチックダンスショーなんてのは、どうでやす?このガストンの顔で、飲み放題でお得なコースなんてのもご用意できやすがね。それとも賭場ですかい?今はちょうど、衛星回遊宇宙ヨットレースの真っ最中でやすしてね。先週、史上最高額が出たとこでして、最高に盛り上がってる最中ですぜ。」
「せっかくラヴァクに来たんだ、本物の海賊には会えないのかね?」
「はっ!旦那、海賊なんてな、ここらじゃ大昔の話でさ。それでもどうしてもって言うんなら、あっしは旦那を本屋か映画館へお連れしますがね。」
「んじゃ、それは、やめとこ。とりあえず、今晩泊まれるとこに連れていってくれないかな。寝る前に酒がひっかけられて、ここいらの話がきけるところがいいんだが、禁煙だったらお断りだよ。」
「ようがす、知り合いにぴったりな店を持ってる奴がおりやすんで、ここから予約照会しときやしょう。旦那、お名前はなんとおっしゃるんで?」
「ホーリィだよ。ホーリィ・アクティア。」
その名前を聞いたとたん、ガストンがびくっと動いたのをホーリィは見逃さなかった。
「どうしたんだい、ガストン。」
「いや、旦那。そのお名前は、ご冗談でおっしゃってるんで、ねえでしょうね。」
「俺は生まれたときから、ホーリィ・アクティアだよ。おかしいかい?」
「いえ、いいんですがね。アクティアって名前は、ここいらシャロウ・ラヴァクじゃちょいとばかし特別な名前でしてね。まあ、旦那には関係のねえこってす。お気になさらねえでくだせいや。」
それっきり、ガストンは黙り込んだ。
ガストンの馬車は、宇宙港のゲートを抜けると、市街へ向かう道路に乗り入れた。
広い道の両側には、けばけばしさを競うように様々のネオン看板が林立し、点いたり消えたりしながら、背後へと流れていった。
「そういえばさ、ガストン。」
「へ、へい。なんでございやしょう?」
「最近、このへんを正体不明の宇宙船か通過したなんて話、聞いてないかい?」
「はて、そういや、四、五日くらい前のニュースでやってやしたね。ビューダン方面から、物凄い速さでなんかが飛んできたとか来ないとか。アウターデイメンジョンでしたか?あれ使わねーであッという間にやってきたとかで、ちょいと話題になった、なんかがありやしたね。ありゃ、宇宙船なんで?」
「どうかな。俺はそうじゃないかと思ってんだけどね。」
「旦那、ユニオンの捜査官かなんかですかい?ありゃ、密輸船かなんかなんですかい?」
「んにゃ、違うよガストン。俺は、ジャーナリストで、ここには滞在記を書きに来たんだよ。今の話は、軌道ステーションでちょいと小耳に挟んだだけさ。ネタになるかなと思ってね。」
「へえ、さいでがすか。おおっと旦那、間も無く到着ですぜ。」
「思ったより早いね。っていうか、ここまだ郊外じゃないのかい?」
「旦那、このへんはいいですぜ。宇宙港と歓楽地の中間ですし、なんちゅうっても静かですし。ちょいと歩けば地下軌道車両の乗合所もありやすが、お呼びいただけるんでしたら、また、あっしがお迎えに上がりやすがね。」
ガストンはそう言って、御者席から降りると、ホーリィのためにドアを開けた。
ホーリィは、目の前の建物の窓明りの向こうから聞こえてくる嬌声や怒鳴り声を聞いた。
古めかしく賑やかしいその建物には、「踊る海賊亭」と書かれた看板が突き出ていた。
***
ガストンの案内でホーリィが建物のドアをくぐると、そこはいきなり酒場だった。
どう見ても旅行者には見えない連中が、カウンターや壁際のテーブルにそれぞれ陣取り、酒瓶を片手に、カードやサイコロを使った勝負事に興じていた。
「よう、チャーツ!へっへ、お客様をお連れしたぜ。」
ガストンがカウンターの中でグラスを磨いている男に声をかけた。
チャーツと呼ばれた巨体の男は、手にしていたグラスを置いて、こっちに来ると、ズボンのポケットに、ぶっとい手を突っ込んでガラス製のレンズをとりだし、服の裾でごしごしこすってから右目にはめた。それから、カウンターの下から宿帳端末を取り出すと、なにやら、ピッピと操作して、それから、ホーリィを上から下までぐるりと眺めまわして言った。
「ホーリィ…アクティアさんで?」
「正真正銘のホーリィ・アクティアだよ。」
「ご宿泊は、どんくらいのご予定で?」
「とりあえず、一週間ほど。」
チャーツはそれを聞いて無愛想にカウンター奥にある扉の向こうに消えた。
「さて、旦那。今宵は他に御用事がなけりゃ、あっしはこのへんで失礼させていただきやすがね。」
見ると、ガストンがしこたま両の手をすり合わせていた。
「ああ、ありがとうガストン。助かったよ。これで足りるかい?」
ホリィは紙幣をニ、三枚とりだしてガストンに渡した。
「こりゃ、旦那。ユニオン・キャッシュじゃねえですか。」
「着いたばかりで両替しそこねてたんだ。都合が悪いかい?」
「気前のいい旦那。そりゃ両替しねえほうがいいってもんですぜ。ここらじゃ、ラヴァクの金より、ユニオン・キャッシュのほうが格が上なんでさ。勿体ねえこって。これだけもらえりゃ十分ってもんでさ。」
そういいながらガストンは紙幣をだぶだぶズボンのポケットに裸のまま仕舞いこんだ。
「旦那、なんかあったら、いつでも呼んでくだせえよ。チャーツの奴に一声かけてくれりゃぁ、このガストン、すぐさま飛んできやすからね。」
奥からチャーツが戻ってきて、ホーリィに部屋の開錠カードを手渡した。
「これが、お客さんの部屋のカギになりやす。部屋番号は、そこに書いてありやす。」
ガストンが割り込んだ。
「よう、チャーツ。この旦那ぁおれの大事な大事なお客様だ。ひとつ粗相のねぇようにな。じゃ、旦那、あっしぁこれで。」
そう言ってガストンは出口の向こうに消えた。それを見送りながらチャーツが言った。
「何言ってやがんだ、ねえお客さん。ガストンの野郎以上の粗相を俺がする筈ぁねえってもんだ。で、今晩はどうなさいやす?部屋行かれやすか?それとも一杯おやりになりやすか?」
「せっかくだから、一杯もらおうか。ここらの名物があれば、それを。」
「ようがす。ほんじゃあ、バカラ・ラムなんざいかがでげしょ?」
そういうとチャーツは後ろの酒棚から、とろりとした黄金の液体が入った瓶とグラスを一つ取り出してホーリィの前に置いた。
「ここらじゃ、ああして、瓶ごと飲むのが本式なんですがね。」
チャーツはそう言うと、そのへんで酒をかっくらってる野郎共を太い親指で指しながら言った。
「じゃあ、おれもそうしてみようかね。」
ホーリィはそう言ってラッパのみした。
非常に精錬度が低く、かつ強いアルコールのにおいがした。妙に甘ったるい風味とざらざらした感触を口の中に残して胃に駆け下りたひと口のバカラ・ラムは、そこでぽっと火がついたように熱くなった。ホーリィはちょっと顔をしかめ、それを見ていたチャーツが言った。
「お気に召しませんで?」
「いや、お気に召しやしたよ。」
ホーリィが口調を真似て言った。
それからしばらくの間、ホーリィはラムを舐めながらチャーチル&キッシンジャーを燃やし、辺りの会話に耳を傾けていた。
女との痴話喧嘩や、本当か嘘か当てにできないような冒険談や博打の自慢話の類なんぞが話題に登っては消えていき、また浮かび上がってくる繰り返しが無限に行われているようだった。ホーリィは思考を切り替えた。
ガストンはニュースで正体不明の宇宙飛行体の話を聞いたか見たと言っていた。ならば、明日にでも、そのニュースの原文と、さらに可能なら、そのニュースソースに当たってみるのはいいかもしれないな。
「よう、兄弟。久しぶりじゃねえか、ん?」
そういって、誰かがホーリィの肩を背後から叩いた。
そこに居たのは、ぎょろりとした目玉と丸っこくて脂ぎった鼻がヒゲ面に埋った感じの、図体がでかくて腕っ節の太い男で、これまた人相風体のいかがわしい子分みたいなのがその後ろに立っていた。
「よう、兄弟。俺は一人っ子なんだがね。」
ホーリィはそう言って、ラムをもうひと口含んだ。
ヒゲ男が言った。
「つれねえ事言うない、兄弟。俺たちゃちょいとばかり、あんたに用事があるんだよ。ツラ貸してくれねえかなぁ。あんまり手荒な真似はしたくないんだけどな、アクティアさんよ。」
ホーリィは背中に銃口が突きつけられたのを感じた。
「用事なら、ここで話しなよ。」
「ほっ、やけに度胸がすわってやがるじゃねえか、兄弟。アクティアの名前は伊達じゃねえな。」
チクリとした感触がホーリィの首筋に走った。
ホーリィは、急に体の自由が利かなくなり、その場に倒れこんだ。
「よう、チャーツ!お客さんが酔いつぶれてるぜ。安心しな、俺がしかるべきとこに運んどいてやらぁ!」
ヒゲ男の怒鳴り声が、暗くなっていく視界の中で、ぐぁんぐぁんと響いた。
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