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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第ニ部


新たな出発

 「なるほど、おまいさん、相変わらず美味しい目にあっておるの?もう一杯いくかね?」
 サミュエル・ヘイガー爺さんの薦めをホーリィは固持した。
「いや、爺さん。クリームソーダを、そう何杯も飲めないよ。」
「そうかね?わしは、まだまだいけるぞよ。そんで、そりゃ、一体なんじゃったのかね?」
 サム爺さんの問いかけに答えようとして、ホーリィは詰まった。
「サルベニア…?いや、違うな、サベルニア…? なんだっけ、ケイ。」
「サベイラス・アングビニヌス・グランビア。覚えてますか、ヘイガーさん。ホーリィの話に出てきた、ハリーと最初に出会った時の、彼を追いかけていた昆虫の話を。」
 ケイの補足を受けて、サム爺さんが合点した様子で答えた。
おお、あれかい。なるほどの。しかし、なんでまたそんなことが。あれかね?それもバラミア人の仕業かね?バラミア人の宇宙船みたいなもんは、そん時は虫どもに襲われなかったんじゃろ?」
 ケイが答えた。
「それは微妙なところなのですよ。私もちょっと気になったので、後からキングドワーフの記録を調べてみたのですが、バラミア人たちのあの巨大な船には、サベイラス甲虫を惹きつけるような熱源反応が無かったのですよ。最も彼らのテクノロジーが我々のそれと大きく異なっているのは、もはや疑い様の無い事実なのですが。また、ちょうどその頃は、サベイラス甲虫が大群で移動をする渡りの季節でもあったのですね。ですから、果たして故意に引き起こされたものなのか、それとも偶然の結果なのかは、私にはなんとも答えかねます。」
「偶然さ、ケイ。俺たちは運が良かっただけさ。」
 そう素っ気無く答えたホーリィを残して、サム爺さんはよっこらせと立ち上がると、背後にある簡易キッチンに行って、自分用のクリームソーダを作り始めた。
「まあ、なんにせよ、あれじゃな。あの一件で、グランビアの軍事力は弱体化。軍事的な抑止力もなく、クーデターの首謀者も行方不明とあっちゃあ、あすこも、国の建て直しにユニオンの手を借りないわけにはいくまいて。」
 ホーリィは、なにかを思い出して、爺さんの背中に声を掛けた。
「そうそう、爺さん。商人のアクティアンカって、誰だい?爺さんなら、見当つくだろ?」
「ほ!おまいさん、なんで、そんなことを聞くね?」
「サシリエルが言った言葉が分からなくてね。」
「いやいや、そうじゃない。何故に、おまいさんはアクティアンカの事を知らんのか、と言っておるのじゃよ。学生時代に何を勉強しとったんじゃ?それとも近頃は、神学は必須科目じゃないのかね?」
 サム爺さんは、特製クリームソーダの入った器を持ってもどってくると、どっこらせとホーリィの前に再び腰を下ろした。
 ホーリィは爺さんのクリームソーダの巨大さに呆れながら言った。
「爺さん、俺はもともと宙軍士官候補学校の出なんでね。商人大学とは、学科が違ったんだよきっと。」
「なるほどのぉ。じゃ、教えてやろう。」
 そう言って爺さんは、アイスクリームを匙ですくうと、口に運ばずにそれでホーリィを指しながら、言った。
「アクティアンカは、いわばビューダンの祖とも言える神学上の人物じゃよ。大昔、まず、軍隊によって、この宇宙を平定した集団がおった。それが神聖ニュインベルグ帝国と言われる奴じゃな。しかし、その統治は、富裕と貧困の差を加速させただけじゃった。そこで、貧困層から、体制に反発する略奪勢力が現れた。これが、ラヴァク海賊衆と呼ばれるやつらじゃな。今おる海賊衆たちとは違うぞ。彼らはもっと最近になって歴史に現れた集団で、そもそものラヴァク海賊衆は、所詮神学上の存在よ。最初のニュインベルグの奴らは、古典的な奴らでの。君主への忠誠を信条とし、官僚機構での統治を実践したのじゃよ。これに対し、ラヴァク海賊衆の文化は、個人主義というか先取主義というか、ちょっと混沌としてての。ま、その間を埋める感じで台頭してきたのが、商業主義じゃの。これらは、契約と慣行を重んじる。まあ、我らユニオンの大昔の元祖だの。彼らはビューダン商人と呼ばれておった。それが、そのまま、この宙域の名前になっておるわけだがの。で、アクティアンカは神学によれば、これら商人を束ねて、ビューダン商人組合を作った男といわれておるの。うひい、話しとる間に、アイスクリームが溶け始めちまったわい。」
 サム爺さんはそういうと、匙をぺろっと舐めた。
 その時、サム爺さんの机の上の黒電話機のベルがけたたましく鳴り響いた。
「はい、サミュエル・ヘイガー。うん、うん。わかったわかった。ご苦労さん。」
それから、受話器を置くと、ホーリィに伝えた。
「預かっておった、キングドワーフとヤングドワーフの武装モジュールじゃがの。今、取り付け作業が終わったそうじゃ。もう、いつでも出発オーケーじゃそうな。」
「いつもいつも、無理言ってすまない、爺さん。」
「なあに、おまいさんとわしの仲じゃ。気にするこたぁない。あとで請求書はおくるがの。で、おまいさん、これからどうすんじゃね。」
 ホーリィは、んー、と言いながら、チャーチル&キッシンジャーに火を点けて、
「ラヴァク宙域に行くつもりだよ。」
と言った。
「あの日、古代船バラムとかいうバラミアの船は、ラヴァク宙域方面に飛び去ったらしいんだ。ユニオン・シャード07の航空宇宙セクションが追跡してたんだってさ。途中で見失ったらしいけどね。」
サム爺さんは、お得意の万歳ポーズを取って見せた。
「ほ!あの海賊どもの国へかね。あそこにもユニオンの商人はいるが、ここビューダン宙域ほど、ユニオンの威光は通用せんぞ。」
「知ってるさ。行くのは初めてだけどね。ユニオンには長期休暇届を出したよ。個人的に『起源問題』を追いかけると言ったら、すんなり受理されたよ。まあ、それよりも俺は、これを彼らに返したいんでね。」
 そういうと、ホーリィは傍らにおいてあったケースを取り出して蓋を開けてみせた。
 サム爺さんはその中を覗き込みながら言った。
「アクティアヌスの守り刀かね?」
 ホーリィは黙ってうなずき、蓋を閉じると、ケースを抱えて立ち上がった。
「さて、俺はそろそろ行くよ。達者でな、爺さん。」
「困ったことがあったら、連絡せいよ、ホーリィ。ワシとおまいさんの仲じゃ。もっとも…。」
「もっとも、請求書は発行するが、だろ?」


 キングドワーフは、ドッキングベイを離れて、宇宙空間へと飛び出し、サミュエルヘイガー商会と大きくネオンの看板がついている宇宙ステーションを後にした。
 ホーリィは、運転席に備え付けのロッカーから缶ビールを取り出し、トップボタンに右親指をあててぐっと押し込み、開栓した。
「さて、ケイ。一番近くのアウターディメンジョンの突入口はどっちだい?」
その時、キングドワーフが大きく左に旋回した。思わずホーリィはビールをこぼした。
「いつになく荒っぽいなケイ。なんか気に入らないことでもあったのかね。」
「いいえ、私よ。エスよ。」
「申し訳ありませんホーリィ。彼女がどうしても一緒に行くと言い張るものですから、ユニオンのサプライ・セクションのデータベースにちょっとだけ細工をしまして。」
 ホーリィは吹き出しながら、言った。
「ケイ、おまえさんもなかなかやるね。」
「そういう訳ではないんですがね、ホーリィ。しかし、彼女がいたほうが、楽しいじゃないですか。」
 キングドワーフは光の点になって、宇宙の深淵へと去って行った。


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