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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第ニ部


古代都市の攻防

 夜は去り、間も無く朝が訪れようとしていた。
灼熱の昼でも、極寒の夜でもないこの時、この地に棲む、ひと握りの生命が最も輝く。
 岩山の上では、何百という昆虫達が、手足を精一杯伸ばして、空に戻る前の冷気の雫を抱え込もうと努力していた。その虫達を狙う砂ヘビや砂トカゲ達が、巣穴からのそのそと這い出して来て、岩陰を跋扈している。
遥か沖合いでは、砂イルカの群れが新たな餌場を求めて、旅の準備をしていた。
 群れの中のまだ若いイルカ達は、一日の内のわずかばかりのこの気持ちのいい時間を謳歌するかのように、歌い、飛び跳ね、潜ってはまた飛び跳ねていた。
 群れの中に、長老と思われる雌イルカがいた。目は白濁した色を帯び、今はろくに物が見えないようだった。彼女の体中いたるところには古い傷跡があり、激しい半生がそこに記されているようだった。だが今はのんびりと鼻先を砂面に突き出し、目を細めて、若いイルカたちの遊ぶ声を聞いていた。
 風向きが変わった。彼女は突然、感じ取った。地の果てから響いてくるなにか、禍々しい気配を。
 彼女は一声、厳しい警戒の音を発した。彼女の呼び掛けに即座に反応した、砂イルカの群れは、砂底深くへと潜って消えた。
 彼女が異変を感じ取った方角。
 その朝焼けに赤く染まった地平線に、黒い影がゆらゆらと立ちのぼった。
はじめ、ぽつりぽつりと見えていたその影は、やがて空を覆い尽くさんばかりに広がり、朝に向かう世界を、再び夜の闇へと引き戻した。
 辺りに一面に不吉な羽音が鳴り響いていた。

***

 アレックス・ローランバーグは、グランビア砂漠方面軍の旗艦である、空母グラビニアIII号の艦橋に居た。彼は、減光シャッターガラスの向こうに見える砂漠の朝焼けを眺め、これから起こるであろう出来事に思いを馳せていた。
 良きにせよ悪しきにせよ、今日これからの出来事は、グランビア大砂海数千年の歴史の中でも、一大事件として後世に記録されるだろう。
 大悪漢としてか?それとも愚者として名を記すのか?
 くくっという笑いがこみ上げた。
「一等情報武官殿、各地の制圧部隊から連絡がありました。いずれのポイントにも人影なしとのことです。」
 通信兵がアレックスの側に駆け寄って来て、報告した。
 アレックスは問い返した。
「最後に判明した、あのオアシス西の居留地はどうだね?」
「そこも含めて、全ての場所で人影が存在しないとのことです。」
 アレックスは、ふむ、と一言発し、それから続けた。
「となれば残るは、やはりバハラスーアか。我がバハラスーア制圧部隊に合流せよと各部隊に通達し、各々の合流予定を報告させよ。」
 それから、アレックスは右手の拳を握り締め、左手の掌をパンッと叩いて
「今日、ようやく歴史が動く。」
とつぶやいた。

***

 ホーリィ・アクティアとハリサエラヴァリヌス・クァンタギオン、それにケイ・ザ・ユニオン・アシスタンス・コードならびにエス・ザ・ユニオン・アシスタンス・コードを乗せたキングドワーフが、かすかな唸りと大きな空気振動を伴いながら、朝焼けの雲間から舞い降りてきた。
「映像が出ますよ、ホーリィ。」
 ケイが言ってすぐさま、巨大な岩石群で構築された古代遺跡の上空からの眺めがメインコンソールに映し出された。
 周囲をぐるりと輪のように取り囲む、大小さまざまな形の奇岩が積み上げられた列石が、外壁のように配置されていた。その内側には、扇のような形の内壁があり、規則正しい角度で円形に倒れこんでいて、まるでそれは、砂に埋もれた石の花に見えた。
 そして、その中央に石で出来た大きな半円形のドームと、それを支える石柱が見えた。
「古代の都市遺跡と聞いていたが、街の跡って感じはしないな。煙草屋も酒屋もなさそうだ。」
 ホーリィが映像を眺めてそう言うと、ハリーが答えた。
「バハラスーアは地下の街。ここから見えるのは少しだけ。」
 ホーリィはチャーチル&キッシンジャーに火をつけて、なるほどね、とだけ言った。
「ところで、ホーリィ。さっきから衛星で追尾しているグランビアの大艦隊の動向ですが、どうやら、ここを目指しているようですよ。」
「ここには、酒も煙草もないし、女の子もいないと、彼らに伝えておいてくれないか、ケイ。」
と、ホーリィの軽口に、エスが割り込んだ。
「さて、降りるわよ、ホーリィ。」
「禁煙ランプはつけないでくれよ、機長。」
「最近、それ多くない?」

***

 ひんやりとした暗闇の中に大勢の人間達が居た。
 彼らは全員バラミア風の民族衣装を纏い、同じ方角を向いて膝を折り、手を組み合わせて額にあてがい、石のように黙したまま、瞑想かなにかをしているようだった。
 この集団の先頭に、サシリエル・ミスシリアム・ヴォセバラミアの姿があった。
彼女はやおら立ち上がり、言った。
「彼が来た。希望と災いを引き連れて。」

***

 赤く細かい砂塵を巻き上げて、キングドワーフが地表すれすれに降り立った。
 ヤングドワーフを吊るしたアームがゆっくりと下がり、接地した。
 ホーリィはヤングドワーフの運転席のハッチを開けながら言った。
「ケイ、おまえさんはエスと一緒にここに残って上空で待機しててくれ。」
「それは、承服しかねますよホーリィ。スタイルヘルガーのメモリルームが空いてるじゃないですか。」
 ケイがいつになく不満な調子で主張した。その議論にエスも加わった。
「おまちなさいよ、ケイ。その無骨な拳銃に潜り込むなら、あたしの方が適任だわ。」
「申し訳ありませんがエス。この件だけは譲れませんよ。なぜならこれは技量の問題だけではないからです。いいですか、ホーリィ。グランビア砂漠方面軍の一団がここに迫っているのですよ。その軍隊を相手にあなたには、そのメカニカル・リボルバーただ一丁。そんな状況下に、どうしたらあなた一人を送り込むことが出来ると思いますか?」
 エスは沈黙し、ケイは続けた。
「あなたと運命を共にするとしたら、このケイをおいて他にはいないでしょう?ちがいますか?」
 ホーリィはしばらく黙り込んだ後、一言だけいった。
「オーケー、相棒。アテにしてるぜ。」

***

 旗艦グラビニアIIIに随伴する一隻のミサイル艦から、二回、発射音が聞こえた。
 発射されたそれは、白い煙の尾を引いて垂直に上昇したあと、二つの翼を開き、水平飛行に移ると、空の彼方へ飛び去った。
 アレックス・ローランバーグは艦橋でその模様を眺めていた。
 背後から兵士の声がした。
「無人偵察機が二機、バハラスーアへ向かいました。」
アレックスは振り向きもせずに言った。
「結構。熱源探査データを重要視せよ。彼らがいるとしたら地下だ。」

***

 ホーリィは、ハリーと共に遺跡中央のドームの下にいた。ドームを支える四本の石柱の間に壁はなく、石で出来た床だけがあった。
 その床の中央にぽっかりと穴が開いており、暗闇の奥へと下っていく階段が見えた。
 ハリーはその穴の中に身を潜らすと、
「触るといい、壁に。」
とだけ言って、自分はまるで暗闇でも目が利くかのように、すたすたと階段を降りはじめた。ホーリィは外の光が届くあたりまでは行けたものの、そこから先に下りていくには、壁づたいに進むしかなかった。
 ホーリィの右手に、ざらついた石の壁の感触が伝わってきた。と、同時に壁全体が柔らかな光を発して、ホーリィの足元を照らした。
「なぁるほど。なかなか凝ったインテリアだ。」
 ホーリィはそう言いながら、ハリーの背中を追いかけた。
 二人は黙々と階段を下りつづけた。
 降りるにつれ、周囲の空気が濃密になってくる感じが強くなってきた。
「ねえ、ハリー。どこまで続くんだいこの階段は? 惑星の裏側まで歩かせるつもりじゃないだろうね?」
「終わる、もうすぐ。」
 ハリーの言ったとおり、二人はほどなく行き止まった。石の壁が行く手を塞いでいた。その時、スタイルヘルガーの中のケイが、ホーリィの左手首の通信機越しに言った。
「エスが何か言ってきてますよ、ホーリィ。この銃の仕組みではちょっと不鮮明で聞き取れませんでした。そちらから呼びかけてみてもらえませんか?」
 ホーリィは、エスに呼び掛けた。
「なんだいエス?お茶のお誘いなら、まだ全然早いぜ?」
「ホーリィ………ビアの……無人偵察………わ。」
「ううむ、通信中継器を入り口に置いてくるんだったな。ケイ、こっちでも良く聞き取れないよ。」
「いいえ、私はわかりましたよ、ホーリィ。グランビア軍の無人偵察機が2機上空を旋回中だそうです。」
「了解。ハリー、間も無く大勢お客さんがお見えだよ。急いだほうがいいみたいだ。」
「大丈夫。今、着いた。」
 ハリーはそう言うと、黙って目の前の石壁に向かって歩を進めた。ハリーの姿が石壁に溶け込みやがて消えた。
「今度は手品の種明かしかい?」
 ホーリィもそう言いながら石壁の向こう側に抜けた。ホーリィの目の前にひらけた空間があった。そこはまるで、石で出来た森を思わせた。幾本もの石の柱が、樹木のように自然にねじれながらかなりの高さまで伸び、丸みを帯びた天井を支えていた。天井はきらきらとほのかに煌く岩で出来ており、下から見上げると、まるで星空のように見えた。天井の其処かしこから、行く筋もの光が差し込んで、あたりを薄ぼんやりと照らし出していた。
 ホーリィが少しばかり石の樹木の間を進むと、そこにハリーと、それからサシリエルの姿があった。ホーリィは二人の側に歩み寄ると、自然に手を差し出た。サシリエルはその手を優しくとり、ホーリィをさらに森の奥へと誘った。

***

 アレックス・ローランバーグは旗艦グラビニアIIIの作戦ルーム中央に居て、周囲にぐるりと着席した、各艦の責任者へ作戦を説明していた。
アレックスのすぐ横の空間に、バハラスーア遺跡の構造模型が浮かび上がるように表示されていた。
「まず、艦砲艦ならびにミサイル艦が遺跡内部にくまなく斉射。地上に潜んでいる可能性のあるバラミア人の迎撃部隊を殲滅する。各艦の砲撃担当区域に関しては、カーリー大佐の指示に従ってくれたまえ。しかる後に、グラビニアIIIならびにIVの航空制圧部隊が、遺跡上空に到達、制空権を確保しつつ、続く空挺部隊の上陸ならびに地下構造への突入を支援する。」
 空間表示されている遺跡モデルの上に、攻撃パターンのシミュレーションが重ねて表示された。アレックスはさらに続ける。
「さて、空挺部隊諸君の動きだが、バハラスーアには二十四箇所の出入り口が確認されている。しかし、実際のところ、中央ドーム階段以外の出入り口は砂に埋もれていたり、自然崩落して塞がったりしている。空挺部隊の百二十名は、この事実上唯一の出入り口である、中央ドーム階段より地下構造へと突入、内部到達後はチーム別に散開し、地下構造に潜むバラミア人たちを殲滅、三十分以内に各担当区域の確保・確認を終了し、地上へ退避、そのまま帰投する。」
 アレックスはそういうと、空挺部隊のリーダーを見やった。リーダーと思しき男は黙ってうなずいた。
「空挺部隊の撤収後、潜砂艦部隊が、MkII 地振動魚雷を打ち込み、地下構造全体の崩落を促す。なお、この攻撃はピンポイントで最大限の効果を引き出すために、射撃目標を指定する。この指示はすでに各艦長に伝達済みである。これを再確認しておくように。地下崩落確認後、地上軍が遺跡上層を完全に制圧し、もしも生き残っている敵がいたら、これを潰す。」
 アレックスはここで一拍、間をとってから続けた。
「この作戦の最終目標は、バラミア人の根絶にある。各々それを念頭に置いた行動を期待する。以上。」

***

 ホーリィは石の森のはずれにある、建物に案内された。その建物は大きな一階建てで、中にはひとつの部屋しかなかった。建物の内部は暗かったが、そこにで大勢のバラミアの人々が膝を折ってじっとしていた。
 これほど多くのバラミアの人々の数を一度に見たのは、ホーリィにとってこれが初めての事だった。とはいえ、その人数はせいぜい百人足らずと見えた。男も女もいたが、子供や老人の姿はなかった。バラミア人の集団は左右二つに分かれて位置しており、その間が通路のように開けていた。サシリエルとホーリィ、それにハリーはその間を歩み進んで、入り口とは反対側の壁際まで進んだ。
 壁際には、胸の高さ程の金属の柱が二本、並んで立っており、その間を金色の太い鎖が結んでいた。ホーリィはサシリエルの方を向いて言った。
「で、俺に何をして欲しいんだい?」
 サシリエルはいつの間にか手にしていた、あの刀剣をホーリィに手渡した。
「これを。」
ホーリィは受け取りながら言った。
「これは、アクティアヌスの守り刀…。」
アクティアヌスという言葉を聞いた時、サシリエルの瞳が少しだけ揺れたように見えた。刀剣は心地よい重みでホーリィの右手に収まった。
「これで、なにをしろと?」
 サシリエルは、金属柱を結ぶ金の鎖を指差して言った。
「この鎖を斬れるのは、その刀だけ。その刀を使えるのは、あなただけ。」
「これを斬ったら、どうなるんだい?」
 サシリエルは目を閉じてこう言った。
「目覚める。バラムが。」
 その時、地下全体が大きく揺れた。その衝撃で建物の天井から、ぱらぱらと埃か何かが降ってきた。
「どうやら、グランビア軍がなにか始めたようですね、ホーリィ。」
 ケイがそういい、ホーリィが答える。
「ああ、そうらしい。とりあえず急いで仕事を片付けようかね。」
そういってホーリィは、刀剣の柄を両手で握り締め、振りかぶって力いっぱい振り下ろした。
 金の鎖は刀剣の刃を、火花を散らしながら受けて大きくたわんだが、その一撃を事も無く弾き返した。ホーリィはなんじゃこりゃといった表情のままバランスを崩してひっくり返りそうになった。
 サシリエルが言った。
「刀と心を通わせて。やるべきことは刀が知っている。」
 ホーリィは、全身の力を抜いて目を閉じてみた。刀を握った右手から、何かがホーリィの心の中に流れ込んできた。すると、その内部で炎が燃えているかのように、刀剣の刃がゆらゆらと大きく揺れ動きだした。
 ホーリィは目を閉じたままゆっくりと刀を持ち上げると、まず刃先で鎖の中央を撫でるように触り、それから、ごく軽くそこを突いた。
 鎖は、ぱんっという甲高い音を発して左右に弾けとんだ。その瞬間、あたり一面に、低い低い、唸るような音が響きはじめたかと思うと、壁だったところの向こう側から一条の白い光が差し込み、ゆっくりと室内に広がりだした。 光の差込口が形の安定せぬままにゆらめきながら大きく広がり、すぐに人が通れるくらいの大きさまで広がった。
 ホーリィが背後を振り返ると、石のようにじっとしていたバラミアの人々が、一人また一人と立ち上がり、黙したままホーリィの横を通り過ぎると、光の入り口へと消えていった。
 地下は何回か、また揺れた。
 ホーリィは、ハリーを、それからサシリエルを見て言った。
「やるべきことは刀が知っていると、君は言った。そしてやるべきことは、まだあると俺には言っているように思う。ハリー。それとサシリエル。俺は、上へ戻らなきゃ。」
「待って。」
 サシリエルはそう言うと、ホーリィに歩み寄り、
「これは海賊アクティアに。」
そう言って、ホーリィの右の頬に自分の頬を寄せ、次いで
「これは商人アクティアンカに。」
と言うと、今度はホーリィの左の頬に自分の頬を寄せた。
「そしてこれは…。」
そこでサシリエルは両手を伸ばし、ホーリィの両の頬に優しく触れると、彼の唇に自分の唇をそっと重ね、すぐに離した。
「これは、騎士アクティアヌスに。」

***

「第一次の砲撃斉射、完了しました。」
 その言葉を聞いて、アレックスは命じた。
「航空制圧部隊前進。空挺部隊は艦隊上空にて待機。」
 その時、通信兵の声がした。
「一等情報武官殿。先遣隊より入電です。中央ドーム下に敵影あり。」
「数は?」
「その…。ただ一人です。映像が来ます。」
 艦橋中央にある空間モニターに、望遠撮影でやや霞んだ感じの男の姿が浮かび上がった。
 男は右手に刀、左手に無骨なメカニカル・リボルバーをぶら下げて、漆黒のコンバットスーツを着込み、まるでこちらが見えているかのように上目遣いでアレックスを見つめていた。
アレックスが吐き出すように言った。
「ホーリィ・アクティア!」

***

 ホーリィは、黒い雷雲の様に急速に迫り来る機影と、その背後に島のように浮かぶ幾つもの艦影を見ていた。エスの声がした。
「航空機部隊が接近中よ、ホーリィ。数、四十八。その背後には大小艦艇五十七隻から成る大艦隊。」
「航空機の種別は?」
「軍用攻撃型ホバージャイロよ。」
「ケイ、なるべく撃墜する方向で頼む。」
 そう言うとホーリィは左手でスタイルヘルガーを構え、
「バハラスーアへようこそ!」
と言って、六回、引き金を引いた。
 唸りながら飛び出した四十八口径自走弾頭は、ケイのプログラミング通り、それぞれ最適なルートでホバージャイロに襲い掛かり、左右どちらかのエンジン軸を破壊して貫通し、次の目標に当たってから炸裂した。
「十二機を戦闘飛行不能状態にしときましたよ、ホーリィ。」
「ケイ、なかなかイカした歓迎の花火だ。」

***

「イーグルエースより司令部。制圧地点より攻撃あり、これより反撃に転じますどうぞ。」
「イーグルエース。反撃を許可する。」
 ホバージャイロ隊のリーダーは、全機に戦闘隊形の変更を命じた。ホバージャイロは空中でまるで十字架のような形を形成した。
「地対空短ミサイル用意。目標、中央ドーム。斉射!」
 何十というミサイル群が白い雲を引きながら、ホーリィめがけて殺到した。

***

「エス、俺を中心にピンポイントでエネルギー遮蔽幕の照射を。」
「了解、ホーリィ。」
 エスがそう言うと、青い光の半球がホーリィの周りに展開し、短ミサイルの着弾から、彼を守った。

***

 アレックス・ローランバーグは、前線に向けて指示を出しつづけていた。
「空挺部隊、上陸を強行せよ。敵は一人だ、数で押し切れ。」

***

 攻撃用ホバージャイロの下を、潜り抜けるように、低空飛行で輸送用ホバージャイロの部隊が接近してきた。
「とりあえずカートリッジを交換しませんか、ホーリィ。これでは次の一手がありませんよ。」
「いや、ケイ。次の一手はこいつが知っているさ。」
 そういうと、ホーリィは右手に持っていた刀剣を突き出すようにして、遠くにある遺跡の外壁部をその切っ先で指し示した。刀剣の刃先が今まで見たたことも無いくらい真っ赤に灼熱して見えた。そして、その先にある、外壁の巨岩のひとつが、まるでつつかれた小石のようにぐらりと揺らいだ。
 ホーリィは、まるでその巨岩が刀の切っ先にでも乗っているかのように、それを跳ね上げた。
 遠くの巨岩が大きな音とともに宙に舞い、そのままホバージャイロを直撃した。ホバージャイロは空中で四散し、何人もの人影や破片が地面に投げ出されるのが見えた。ホーリィがその動作を繰り返すたびに、大きな岩が空に飛び立ち、そしてホバージャイロを撃ち墜した。
 最前線のパイロット達をパニックが襲った。
 戦線が乱れ離脱する機が相次いだ。

***

「航空部隊に一時退避命令を。そして、第二次艦砲斉射の用意。全艦、目標、中央ドーム。」
 旗艦グラビニアIIIの艦橋で指示を与えるアレックス・ローランバーグに、地形監視モニターを見ていた担当兵が声をかけた。
「情報武官!戦闘区域に異変が。地形データが急速に変動中。地下から何か巨大な物体が浮上してきます。」

***

 ホーリィも地面を伝わってくる振動を感じ取って、背後を振り向いた。
砂が其処かしこで波紋を描き、それが急速に広がっていくのがみえた。
 その直後。
 背後に巨大な砂の山が出現したかと見えたかと思うと、その砂がまっすぐに吹き上がり、轟音とともに大きなピラミッド型の構造物が地の底から空中へと姿を現した。激しい風が荒れ狂い、ホーリィは髪をなびかせながら、それを見やった。
「あれは、なんだ?」
 右手から、ホーリイの心にひとつの言葉が流れ込んできた。
"古代ノ船、バラム"

***

「構わん、撃て!全弾をあそこに撃ち込め!」
 アレックス・ローランバーグは逆上したように叫んだ。

***

 ホバージャイロ隊のリーダーは全機に退避行動命令を出しながら、この情景を空から見ていた。地下から突然現れた巨大ピラミッドが宙に浮かんでいるだけでも十分異様な光景だったが、それだけでは終わらなかった。
 彼の目はピラミッドの向こうの空が急速に黒く染まっていくのを捉えた。
 雲にしては、速い。明らかに何かがこちらに向かってやって来る。
「イーグルエースより司令部へ、艦砲斉射を中止されたし。なにかが来るぞ、これは…。」
 彼のホバージャイロの防風ガラスに、ニ、三匹の甲虫が張り付いた。あっという間にそれは真っ黒にガラスを埋め尽くし、次いでそいつをぶち破った。 不吉な羽音が操縦席内に響き渡った。
 何億という飛行甲虫の群れだった。

***

 ホーリィは、ピラミッドの向こうから現れた黒い雲が、空を覆い尽くしてあたりを真っ暗にした挙句、グランビア艦隊を飲み込んでいく様を見ていた。
 折りしもそれは、アレックスが全艦砲射撃を命じた直後だった。飛び出そうとした、あるいは飛び出して直ぐの砲弾やミサイルが全て黒い雲に飲み込まれ、閃く雷のような光がそこかしこで炸裂した。
 艦隊は、全火力を自らの陣形の中で暴発させる格好になった。
もはや戦闘どころではなかった。大破、轟沈する艦が続出した。

***

 ホーリィは、右手の刀剣が輝きを失っている事に気が付いた。
 もう一度振り返ってみると、空中に出現した巨大ピラミッドは姿を消していた。
 その下には、大きなクレーターが出来上がっていた。


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