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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第ニ部


グランビア政変

 アレックス・ローランバーグは、二人の衛兵を引き連れて、颯爽とした面持ちで、ゼロシティの中心部にあるグランビア統治府の長い廊下を闊歩していた。右肩はまだ完治しておらず、負担を減らすために医療用ベルトで右腕を肩から吊るしていて、その上に軍用コートを羽織っていた。二人の衛兵は医療用ベルトの代わりに、サブマシンブラスターを軍用ストラップで肩から吊り、いつでも射撃できるように構えていた。
 アレックス一行は、廊下の端にあるドアの前で立ち止まった。随伴していた衛兵の一人が、そのドアを開ける。
 部屋の中には、さらに数名ほどの兵士が、ブラスターハンドガンやらアサルトライフルやらといった銃器をめいめいに構えており、それぞれの銃口の先には、一人の人物がいた。
 「アレックス・ローランバーグ! どういうことかね、一等情報武官!」
銃に囲まれた人物は、アレックスを見ると、激昂を抑えることもなく、言い放った。
 アレックスは彼を冷たく見据えて、言った。
「いやはや、とんだ災難ですな、バロウ行政執行官殿。一体全体、どんな罪状でこんな目に?」
 行政執行官は目をひんむかんばかりの形相でアレックスを睨み付けた。
「しらばっくれるな。貴様、なにを企んでこんなクーデターまがいの事に加担しておるのだ。」
 アレックスは、皮製の手袋でくるまれた自身の左手を開いたり閉じたりさせ、それをじっと見つめながら言った。
「いいですか、バロウ行政執行官殿。あなたは、二つ誤解されている。まず第一に、これはクーデターまがいではなく、クーデターそのものですよ。グランビアの民はこれまでの統治府の取ってきた政策に辟易しておったのをご存知ありませんかな?特にユニオンに対しての弱腰外交ならびにバラミア人達に対する処遇に関してね。」
 そう言うと、アレックスは室内にいた兵士の一人から、一丁のブラスターハンドガンを左手で受け取り、まじまじとその銃を見つめながら言った。
「ブラグスター社の15ミリブラスターガンですか。これは、官給品ではないですな?どちらかというと趣味的要素の強い銃だ。私物ですかな?行政執行官殿。まあ、あなたが自殺するとしたら、この銃でしょうな。」
 バロウ行政執行官はなにも言わず、ただ黙ってアレックスを睨みつづけていた。
 アレックスは、その銃の上面にあるインディケーターを見て、十分なエネルギーカートリッジが装填されているのを確認しながら、さらに続けた。
「そうそう。あと一つのあなたの誤解は、私をクーデターに加担していると言ったことですな。」
 そう言いながらアレックスは銃口を行政執行官の方へと向けた。
「そうではなくて私が首謀者なのですよ、行政執行官殿。では、さようなら。」
 部屋の中にじゅおんっという空気の切り裂かれる音が響いた。
 つい先ほどまで行政執行官だった物体が、その場に崩れ落ちた。
「一等情報武官殿。」
 一人の兵士が現れて、アレックスのところへ駆け寄ってきた。
「なんだね、ソルジャー。」
「現在、ゼロシティ内にいるユニオン関係者のリストアップが終了しました。」
 アレックスは、にこりと微笑みながら言った。
「よろしい。大至急全員の身柄を拘束したまえ。」
 アレックスはそう言って、部屋を出ようとしたとき、別の兵士に呼び止められた。
「一等情報武官殿、内務院の情報センターより報告です。前統治府とユニオンの間の通信記録を精査したところ、バラミア人たちの未知の居留地らしき地点情報があったとのことです。」
 アレックスは振り返りながら言った。
「どのへんだね?」
「248セクターの大オアシスの西側です。」
 アレックスは再び、にこりと微笑んでから言った。
「よろしい。空挺部隊を送って12時間以内に制圧しまたえ。バラミア人達が妙な真似をするようなら、射殺しても構わん。」



 ヤングドワーフは轟音をとどろかせながらゼロシティの外縁48号道路を最大速度で南下中だった。運転席でホーリィは、スタイルヘルガー・メカニカルリボルバーの輪転式弾装を開け、中身を確かめながらケイに言った。
「全グランビアの砂漠都市群が戒厳令って、どういうことだい?」
「情報が錯綜していて、詳細はよく分かってないのですよ、ホーリィ。しかしクーデターが勃発したのは間違いがないようですね。しかも、クーデターを起こしたのは、軍部の中でも反ユニオンを掲げるグループらしいのですよ。ユニオンに対して過去の全ての条約の全面凍結を通告してきたそうですよ。」
「ユニオン当局は、なんだって?」
「可能な限りすみやかにグランビアの各都市を離れろとのことです。ああ、ホーリィ。ミハエル・フリント主席探求者からコミュニケーションチャンネルの要求がきてますが。」
「つないでくれ。」
 メインコンソールに制服姿のミハエル・フリントが現れた。
「ホーリィ。今、どこにいる?」
「どう考えても、今一番ホットな場所ですよ。そちらは?」
「グランビア16は目下撤収作業中だ。幸いなことに、こちらにはユニオン専用のシャトル港があるからな。問題は、ゼロシティの連中だ。ドームが巨大なものだから、脱出に手間取っているらしい。」
「まったくもって、その通りですよ。」
「すまん、ホーリィ。こちらからは、何もできない。」
「ええ、わかってますよ。自力でなんとかしますって。ですが、主席探求者殿、お願いがあるんですがね。ユニオンの上層部に掛け合って、緊急時の防衛許可をお願いしたいんですがね。多少荒っぽいことしても許す、みたいな。」
「問題ない。私の権限で許可する。君らは今、ユニオンのメンバーだから安全という訳ではない。どちらかというとその逆の状況にあるかもしれない。」
「ありがとうございます。それと、次回お会いできたら、また葉巻をお願いします。」
「分かった。健闘を祈る。」
 ミハエルの映像が消えると同時にケイが言った。
「軍用ホバージャイロが2機、こちらに向かって追跡してきてますよ、ホーリィ。どうも、我々に用事があるようですね。エネルギー遮蔽幕を展開しておきますか?」
「宜しく頼む。俺には、彼らがやる気まんまんに見えるんでね。ドームの出口まで、あとどれくらいだい。」
「直線距離で25キロメートルですが、迂回ルートですので、時間は22分必要ですね。」
「このまま、ドームの外へ出てキングドワーフとランデブーできると思う?」
「ドームのゲートが普通にロックされてるだけなら、ヤングドワーフで突っ切ることが出来ると思いますよ、ホーリィ。しかし、軍事ユニットがすでに幾つも動いているようですね。恐らく、我々の到達するころには、戦車2両と対地ミサイル車両が1台が我々の向かっているゲートを固めていることになりそうですね。」
「ケイ。サム爺さんとコミュニケーションチャンネルを開いてくれないか。」
 ケイが了解といってすぐ、小奇麗に着飾ったサミュエル・ヘイガー翁の像がコンソールに現れた。
「宇宙戦艦から高級葉巻まで、安心と品揃えのサミュエル・ヘイガー商会を是非ご用命ください。」
 ホーリィは苦笑いした。画面の左上に小さく、サミュエル・ヘイガー商会コマーシャルとかかれていたからだ。
「なんだい、爺さん。寝てるか出かけてるかしてんのか?」
 画面が一瞬ぶれたあと、今度は、普通の衣装を身にまとったサミュエル・ヘイガーの像が現れた。
「おお、ホーリィか、大変じゃよ。グランビアで軍事クーデターが起きたらしいぞな。知っとったかね?」
「やあ、サム爺さん。大変もなにも、こっちは、今そのグランビアのゼロシティで鬼ごっこの真っ最中さ。」
「なんじゃ、おまいさん、相変わらずおいしい目にあっとるな。どうした、武器弾薬がほしいのか?ちょうど、そのへんは、大混乱の真っ最中であらゆる商いが停止しておるから、今なら大量の衛星トランスポートチャンネルが確保できるぞ。」
「そいつぁ、ちょうどいいや。俺が前に預けたコンバットスーツ覚えてる?まさか勝手に売っぱらったりしてないだろうね?」
「ばかもん、わしはそんな契約違反は間違っても犯さんわい。あれが要るのかね?よし、いますぐ、そこに転送しよう。」
「オーケー、ありがとう。あとは、そうだな。俺がここから上手く脱出できるようにお祈りでもしててくれないかな。」
「ホーリィ。あの世に逃げようとしても、そうはさせんぞ。コンバットスーツの輸送費用を清算するまで、無茶しちゃならんぞ。」
「わーかったよ、爺さん。それじゃ、またな。」
ホーリィはそういいながら、サム爺さんにウィンクしてみせて、通信を終了した。
「そろそろホバージャイロの射程距離まで追いつかれますよ、ホーリィ。停車しろと言ってますが、無視ですよね?」
 ケイの問いかけにホーリィは、ああもちろん、とだけ言って、運転席の後部ハッチを開け、さらにトラックの居住区画部の一室にある、衛星トランスポーターの地上基地装置のところへ行った。装置の扉のロックを解除して開くと、そこには、幾つかの支点パーツに支えられて直立する漆黒色のコンバットスーツがあった。コンバットスーツは、滑らかな繊維質の素材と無骨な機械部品がごちゃ混ぜになったような構造をもつ、薄手の宇宙服と言った印象のものだった。ホーリィは、すぐさま、支点パーツからそれをはずして、袖を通した。なにかの紙切れがひらひらと落ちた。
「なんだい、こりゃ?んー?請求書って爺さん、まったく抜け目ないな。」
 その時、ヤングドワーフが大きく揺らいだ。ケイの声がした。
「停車指示を無視してたら、やっぱり撃ってきましたよ、ホーリィ。」
「なんてこったい、当たったらどうするつもりだい。」
ホーリィはそう言いながらコンバットスーツの手足の止め具を締めた。

 ゼロシティの48番ゲートでは、グランビア市街戦部隊がバリケードを築き、ケイが予測した通り、戦車が二両とミサイル車両が一両、それに二十名近くの兵士が守りを固めていた。一人の兵士が現場指揮官と思しき人物に駆け寄ってきた。
「ユニオン車両と思われる超大型輸送車両が、停車指示に従わぬまま、こちらに、向かって来るそうです。」
 現場指揮官は、暗視双眼鏡を手にとると、このゲートへと通じる外縁48号線道路の彼方に焦点を合わせながら、耳元から口元まで伸びるインカム・マイクに向かって言った。
「戦車隊ならびにミサイル隊。各々48号線の向こう側に向けて砲門を構えよ。ああ、見えたぞ。追跡中のホバージャイロ部隊聞こえるか?今派手な花火がそっちに行くぞ、退避せよ。なんだありゃ?トラックの上でこっちに向かって拳銃かまえてる奴がいるぞ?」


 漆黒のコンバットスーツに身を包んだホーリィは、ヤングドワーフの運転席の上部ハッチを開けて、上半身を突き出し、スタイルヘルガー・メカニカルリボルバーを構えていた。
「ケイ、射程距離最短でダメージ最大、六連速射で頼む。」
 スタイルヘルガーに移動したケイが答えた。
「ええ、それはいいですけど、ホーリィ。もう一度言いますが、戦車砲とミサイル砲合わせて六発までがエネルギー遮蔽幕の限界ですからね。それに、向こうのほうが断然射程は長いですよ。」
「ケイ。萎えるから、やめてくれよ…。」
 戦車の砲塔がぱっと明るく輝いたのが見えた。続いてミサイル車両にも。
二発の砲弾と一発のミサイルが、音速を超えて飛来し、ヤングドワーフを直撃した。
ヤングドワーフは、大きく振動したが、その速力は衰えなかった。しかし、エネルギー遮蔽幕が消失した。ホーリィは、遮蔽幕がなくなったために、いきなり突風を食らう格好になった。
「ケーイッ!話がちがうぞ、あと三発分持つはずだろ?」
「すみません、ホーリィ。急いでたもので間違えたようです。」
「勘弁してくれ…。」
 第二波の発射炎が見えた。ホーリィは、スタイルヘルガーの引き金を六回絞った。
四十八口径ショートミサイルカートリッジの弾頭は、正確に二弾ずつ、飛来した戦車砲の砲弾とミサイルを迎撃した。
 ヤングドワーフの前方すぐのところで、大きな火球が三個、爆裂した。
 ホーリィは爆風の中を通過しながら輪転式弾装を開き、空になったカートリッジを排出しつつ言った。
「次、ちょっとだけ待ってくれないかな、頼むから。」
 だが、待ってはくれなかった。
 ホーリィがカートリッジを詰め替えようとしている間に、第三波の一斉射撃の炎が見えた。
「すまん爺さん。支払いは永遠にツケということで…。」
 しかし、次の戦車砲弾もミサイルも飛来しなかった。それらは、ヤングドワーフの鼻先で、空中に静止していた。
 それだけではなく時間の流れそのものが静止していた。まるで、ビデオ映像を一時停止したかのように、全力疾走中だったヤングドワーフも上空のホバージャイロも、ゲートを固めている兵士達も静止していた。動けるのは、ホーリィだけだった。
「なんだい、こりゃ?死の直前のコマ送りってやつかい?」
 ホーリィは困惑しながら、辺りを見回した。ふと、目の端にホーリィ以外の動くモノが捉えられた。
 純白の民族衣装に身に纏い、愛馬メルネスにまたがったバラミアのハリサエラヴァリヌスが、ゆっくりとこちらに近寄ってきた。
「ごきげんはいかがかな、海賊の血をひく者。」
 ハリーは運転席の下までくると、ホーリィを見上げてそう言った。
「やあ、ハリー。さっきまで大忙しだったんだが、今、突然暇になった…。これは、君の仕業?」
 ハリーはにっこりと笑って言った。
「ヴォセバラミアが呼んでいる、あなたに頼みたいことがあると。だから私はここに来た、あなたを連れ出すために。邪魔だったか?」
「ん、どうかな、微妙だな。九回裏で逆転ホームランを打たれた瞬間、停電が起きて結末が分からなくなった気分だな。」
「行こう、とりあえず。」
 ハリーはそう言って、メルネスの歩みをゲートへと向けた。その動きに合わせるように、ヤングドワーフだけがゆっくりと進み始めた。
 静止している砲弾の下を抜け、ゆっくりとバリケードを蹴散らして、閉鎖されていたゲートのドアもぶち破り、メルネスとヤングドワーフはグランビア大砂海へと出た。
「ここからは、乗せてもらえないか、私も。あなたのその大きな乗り物に。」
「メルネスはコンテナの中でもいいかい?」
 ホーリィはそう言うと、手動でヤングドワーフの後部荷室のドアを開け、荷物搬入用のパワーゲートをおろして、メルネスをコンテナに入れた後、ハリーと一緒に運転席へと戻った。
「さて、行こう。ヴォセバラミアが待っている。」
 ハリーは、運転席の予備シートに腰を落ち着かせて、愛用の石で出来たパイプを取り出しながらそう言った。
「時間は止めたままなのかい?ハリー。」
 ホーリィの問いかけにハリーは一言答えた。
「これは、失礼。」
 その瞬間、時間の流れが戻ってきた。
 ヤングドワーフが突然最大速度で走行し始めたので、ホーリィは、運転席に押し付けられた。後方から、バリケードとゲートを突破した時の派手な破壊音が二つ聞こえてきた。
 ゲートを守備していた部隊は、突然ターゲットが消失し、戦車砲弾とミサイルが彼方に飛び去るのを見ると同時に、高速度でなにかが防衛網を突破した気配を感じた。
 ケイも機能を回復した。
「ええと、ホーリィ。信じられないことですが、ヤングドワーフは光速を超えたみたいですよ?あれ?」
「ケイ、もはや俺は驚くということを忘れてしまったよ。で、ハリー、どこへ行くって?」
 ハリーはパイプの煙をぷかっと宙に浮かべて言った。
「バハラスーアへ。我らの聖都へ。」


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