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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第ニ部


考古学講座

「ケイ、お前さん、一体どんな報告をお偉方にしたんだい?どうしたら、ゼロ・マイナスなんて聞いたこともないランキングのミッションが依頼されることになるんだね?」
 ホーリィは、焼きたてのトーストをモグモグしながら、今朝一番で届いたミハエルからのビジュアルメッセージに目を通していた。
「なにも特別なことは言いませんでしたよ、ホーリィ。10%まで要約すると、彼らバラミアの人々は、過去の遺物を取り戻すことが目的であり、その遺物も兵器と呼べるほどの規模ではなく、かつ、グランビアの政治体制には無関心のようである、と言っただけですよ。」
ホーリィはコーヒーをすすりながら、言った。
「ふつう、そこで、終わるよね。」
 ケイもキングドワーフの姿勢制御システムの点検をしながら言った。
「ふつうは、そこで終わりますね。」
 ホーリィは、飲みかけのコーヒーカップを右手に持ったまま、運転席の窓から外をぼんやりと眺めた。キングドワーフは大きな一本腕に大型十二外輪のトラックを抱えたまま、惑星ファビュラスの周回軌道を巡っていた。ファビュラスの地表で乱反射した太陽光が、冷たく輝きながらサングラスのような運転席の窓から飛び込んで、ホーリィの顔に陰影のコントラストを付け足していた。
「それにしても、グランビアにいる考古学者に接触しろっていう指令はどうなのかしら?折角逃げ出してきたところに、また戻れってのは、気に入らないわね。」
 今は、キングドワーフの操縦をすっかり会得したエスがその操縦桿を電子的に握っていた。ヤングドワーフ専用のこの大きなドロップシップは、まるで面倒くさいとでもいったように、ゆーっくりと姿勢制御を行っていた。
「私は別に悪くない考えだと思いますよ、エス。ヤングドワーフの拿捕と奪還の一件は、ユニオンとグランビア統治府の間で、一通りの決着を見たようでし、『起源問題』とバラミアの人々が係わり合いがあるのだとすれば、我々はもっとこの辺りの歴史に精通する必要があるでしょう。局所的な問題は、やはり現地の専門家を尋ねるのが一番ですよ。ユニオン・エクスチェンジ網には、こういった点は少々大雑把になりがちですから。」
「とはいえ、なるべくこっそり行こう。あんな騒ぎを起こした後じゃあ、どこのだれに恨みを買ったか、買ってないのか知れたもんじゃないからねえ。」
 ホーリィはそう言うと、ごそごそと上着のポケットを漁ると、吸いかけのチャーチル&キッシンジャー葉巻を取り出して、火をつけ、さらに続けた。
「特に、ええと…。ケイ、あの旦那はなんと言ったかな。ハモン小集落のハムザニガンが『まるで砂蛇みてえな人だ』と言ってた、エスの大暴れで右肩壊しちゃったみたいな、あの軍人さんだが。」
「アレックス・ローランバーグですよ、ホーリィ。より詳細な情報が必要ですか?」
 ホーリィはしばし考えてから、ああ、頼むよと短く言った。
「アレックス・ローランバーグ。グランビアでは軍人や政治家を代々輩出してきた名門家系の生まれで、現在の肩書きはグランビア軍最高統合本部所属一等情報武官。」
「なんだ、俺はまたてっきり、肩書きは『野心家』だと思ってたよ。彼のおでこに、はっきりそう書いてあるように見えたがね…。ん、名門の出ってことは、奴さんの実家は、首都グランビア00にあるのかい?つまり、これらか我々が行く先に?」
「その通りですね、ホーリィ。彼の生家はグランビア00の中央街区にあり、今も一族がそこで暮らしているらしいですね。」
ホーリィは、うまい煙をわざとまずそうな顔で吐き出して言った。
「エスその住所記憶しておいてくれ。そして、もし俺がそっち方面に迷い込みそうになったら注意してくれ。ばったり顔を合わせたときに、お見舞いの果物とか持ってなかったら失礼だからね。」
「オーケー、分かったわホーリィ。ところで、そろそろ降りてみる?」
「ああ、よろしく頼むよ機長。でも、着陸時の禁煙ランプはなしにおいてくれ。」
 エスはキングドワーフのオプチカルカモフラージュをオンにし、それから、ファビュラス地表に向けてゆっくりと降下しはじめた。キングドワーフは見えないなにかに姿を変えてゆらゆらと揺らめきながら大気圏層に再突入していった。



 グランビア00は地元の人々にザ・ゼロあるいはゼロシティなどと呼ばれている。
 そこは文字通り、この広大な砂漠国家の政治的・経済的・文化的な原点であり、グランビア統治府や軍統合本部といった政治機構や、各種省庁、研究機関や民間企業の本社屋などが集積された、首都ドームである。
 ファビュラスに赴いてまだ3ヶ月ほどでしかないホーリィには、これが初めてのゼロシティの訪問だった。最初ホーリィは全体の雰囲気や建物の構造が、ユニオン陸運の借用地があるグランビア16に似ていると思ったが、すぐさま空にガラスドームが見えないことに気が付いた。ケイによれば、それはこの形式の都市の規模の違いからくる些細な錯覚だった。つまり、より巨大な半円形ドームをもつゼロシティでは、その天井はより高空に位置することになり、都市の外縁から少し離れると、もう見えなくなるのだそうだ。
 ホーリィのヤングドワーフは、ゼロシティの綺麗に整備の行き届いた二十一番外縁車両通行道路を少し行ってから左に折れて、学術街区のある中央エリアへと向かった。



 二十分ほど後、ホーリィは、『パペト・フォーチュナー教授』と滑らかな筆文字で書かれたネームプレートのはめ込まれた黒いプラスティールドアの内側にいた。木目を装った素材で構成された室内は、本来は柔らかな印象を与えるはずなのだが、執務机や打ち合わせテーブル、果ては書架の棚にいたるまで、およそ平面とおもわれる空間は目録やら文献やらの印字結果や記録デバイスが乱雑に積み上げられており、そうやって作り出された紙と電子機器の山や谷の乱雑ぶりが、部屋本来の持つ落ち着いた上品さがすっかり台無しになっていた。
 ホーリィは部屋の真中に置かれた丸い打ち合わせテーブルの脇から、椅子をひとつ引っ張り出したが、その椅子の上にも、なにかの論文と思しき紙とホログラム写真の束が置かれていた。ホーリィはその山を、打ち合わせテーブルの上にある別の山脈の上に注意深く重ね上げて、それから、開放された椅子の領土に自分の腰を陣取らせた。
 しばらくして、ホーリィが入ってきたドアとは別の、隣室と通じるためにある扉がガチャリという音と共に開いて、一人の老人男性が現れた。
「いやいや、お待たせして申し訳ないですな。グランビア文化省付きの古バラミア遺跡発掘調査事業団のパペト・フォーチュナーです。」
 そう言うと教授は、身に付けている短い丈の白い制服の胸ポケットから、小さな金属製のプレートを取り出すと、自分の顔の横にそれをかざした。金属プレートが何もない空間に持ち主とそっくり同じ顔、白くて薄くなった頭髪と、鳥のくちばしみたいに出っ張った鼻のぽっちゃりしためがね顔の半透明の人物写真を浮かび上がらせた。写真枠の左上には、身分認証公団の証明の文言と、複雑な文様のコードリーダー用の記載があった。
 ホーリィは椅子から立ち上がって答えた。
「ユニオンのホーリィ・アクティアです。今日はお時間を頂いてありがとうございます教授。それで、ええと…。同じことをして見せなくちゃいけませんかね?」
 教授は、まあお掛けなさいといった手振りを見せながら言った。
「いやいや、特に必要ではありませんよ、アクティアさん。これは、まあ、わが国の規律に沿った風習みたいなものですからな、外国の方にまで無理強いするものではありませんよ。まあ、どうですか、葉巻でも。」
 教授はそう言うと、執務机の資料の山の下から葉巻入れを引っ張り出して一本とりだすと、ホーリィに薦めた。
「ありがとうございます教授。これは、私からのお返しです。」
 ホーリィは、教授の葉巻を受け取りつつ、自分のチャーチル&キッシンジャーを一本差し出した。教授は目を丸くしながら言った。
「ほっほー! こりゃまた極上ものですな。いや、ありがとう、ありがとう。早速頂こうじゃないですか。しかし、君、私のほうのもなかなかのものですぞ。ちょいと癖があるかもしれんが、そこがまたたまらんはずの一本ですぞ。」
 教授はそう言うと、別の山の下から、なにかの石で出来た灰皿を探し出すと、ホーリィと自分の間にある、資料山の上に無造作においた。灰皿の重石となって、山の標高が少し低くなった。
「ユニオンの事務方から、大体概要は聞いておりますがね。なんでもバラミアの歴史に関して講義してやってくれとか言ってましたが?」
 パペト教授はチャーチル&キッシンジャーを包んでいるフィルムを丁寧にはがすと、挟みのようなシガーカッターでぱちんと吸い口を切り飛ばしながら言った。
「ええ、主に『起源問題』との関連についてですが、もしかしたらそれ以外にも数点伺う場合があるかもしれません。それと差し支えなければ、このやり取りを記録させて頂いてよろしいですかね?」
 教授はうなずいた。
「なにやら、グランビア側の当局にも言われておりましてな、情報は全て開示して構わんと。なあに、どうせ、こんな軍事大国にいながら考古学なんぞいじってる輩なんぞ、大層なことを知っとる訳はありゃせんのですがな。」
 ホーリィはケイに今後の記録を命じ、教授に話を促した。当然、自分も教授からもらった葉巻に火をつける。
「さて、どこから話したもんでしょうかな。何故にバラミア人と『起源問題』が往々にして結びつくかに関してでも述べて見ますかな。これは、大学の講義ではありませんので、途中で自由に口をはさんで頂いて結構ですよ、アクティアさん。ああ、その前に飲み物を用意しておきましょう。葉巻を頂くときにぴったりの茶がありますんでな。」
 そういうと、教授は、執務机の引き出しからカップを一組とボトルを一本とりだし、ボトルの底を人差し指で何度か弾く動作をして見せた後、ボトルを開栓し、中身をそれぞれのカップに注いで差し出した。その飲み物は、以前ハモン小集落でハムザニガンに出された液体に似ていたが、もっと熱くてもっと濃厚な香りがしていた。なるほど、それは葉巻にぴったりな飲み物と言えた。少なくともホーリィは気にいった。特に、教授からもらった葉巻は、それ単独ではチャーチル&キッシンジャーには及ばないだろうが、この飲み物と組み合わせると、完全な嗜好品になりえた。葉巻で乾いた口内を洗い流し、湿らせ、再活性化させる効果があるようで、それがまた次の一服をより美味なものにしたし、続けて飲むより、葉巻を含んでから味わったほうが、その飲み物自体も美味かった。
「さて、では始めましょうかな。そもそも、ご存知のように『起源問題』というのは、非常に神聖な香りのする問題ですな。何しろ人類発祥に関する問題ですからな。おそらく、その神聖さがバラミアの人々の持つ一種独特な神秘性と結び付けられ易いのでしょうな。彼らほど特別視される存在は、このビューダン星域のみならず、ラヴァクやニュインベルグの星域まで広げて考えても、他にありませんからな。」
 教授はここで、茶をひと口すすって、また続けた。
「では、なにが彼らバラミアの人々を神秘的に思わせるか、思いつくままに挙げてみましょうかね。まず、第一の不思議は、彼らの遺跡群からかつて墓が見つかったことがない、ということですかね。普通は古代遺跡というものを掘れば、なにがしかの人骨が出土するものです。しかし、私はバハラスーアに始まり、この大砂海に点在するあらゆる古バラミア遺跡の発掘に関与しましたが、いまだに人骨はおろか、墓標すら見出したことがないのですよ。」
 ホーリィはくわえていた葉巻を口から離すと、こう発言した。
「ちょっと、いいですか。自分は以前、古バラミア人のDNAサンプルを見せてもらったことがありますよ。」
「ふむ?その時の標本ナンバーを覚えておいでかな?」
 ホーリィは擬人化プログラムであるケイに尋ねた。ホーリィの左手首の通信装置から、ケイの声がした。
「グランビア16でミハエルと会った時の話ですね?ええ、記録してますよ、ホーリィ。GA-286-4917-Brというタグがついてました。」
 それを聞いたパペト教授が、首をひねって壁のほうに向くと、今度は自分の擬人化プログラムに照会した。
「アルや、いるかね?今の標本ナンバーは、5873年のバハラスーアのあれじゃないかね?」
 アルと呼ばれたパペト教授のアシスタント擬人化プログラムが、部屋の中のどこかから答えた。それはあたかも有能な女秘書とでも思えそうな上品だが抜かりない感じの女性声だった。
「ええ、教授。おっしゃる通り、その原本はネビュラ歴プラス5873年13月の第二十次バハラスーア発掘調査の時に採取されたものですわ。」
 それを聞いた教授はホーリィの方に向き直って言った。
「それは、毛髪から採取されたものですな。私自身がその場におりましたよ。厳密にいうと発掘したのは髪飾りでしたがな。それを精査分析したところ、毛髪成分が見つかったのですよ。その情報自体は一般アクセス域にアップロードされて公開されておりますからな、それをご覧になられたのでしょう。」
「なるほど。で、話を戻しますが、墓がないということは、ようするにどういうことなのですかね?」
「単純に二つ考えられますな。一つは、我々とは異なる死者の弔い方をする場合。あくまでも例えばですが、死者の肉体を分子レベルで分解したり、宇宙空間まで打ち上げたりしておるようならば、これは成立するかもしれませんな。しかしながら、そのような確証は見つかっておりませんがの。バラミア遺跡から見つかる異物の類にそこまで複雑な装置といえるものは見つかっておりませんでな。
 もう一つの可能性は、さらに信じがたいかもしれませんが、彼らが死なないと仮定した場合、成立することになりますな。もっともこのあたり一帯では、この後者のさらに信じがたい方の説が世俗的に広く受け入れられておりましてな。バラミアの人々が神格視される一つの要素になっておりますな。」
 ホーリィは黙って聞いていた。ホーリィの脳裏にサシリエル・ミスシリアムの不思議な感じのする笑顔が思い出された。
「また、別の側面の話をしましょうか。今度は彼らの身体能力に関するものですがの。アルや、遺跡の分布マップを出してくれんかね。」
 教授とホーリィの間にグランビア大砂海の立体地図と、その上に赤く光源マーキングされた地表模型が浮かび上がった。
「これは、この大砂海中にある古バラミア遺跡の所在場所ですじゃ。このひときわ大きい、これ。この光源が、古代の帝都と見られるバハラスーアでの。これが最古の都市遺跡で大体今から5200年ほど前に作られたと分析されておりますな。もっとも、この分析結果は少々厄介でしてな。この5200年前という数値は、外壁のサンプルの分析結果によるのですが、もっと中央よりの建物なんぞだと、なんでか、うまく分析が出来なかったのですよ。見た感じは外壁と同じ素材の岩盤に見えるのですが、サンプルの切り出しができませんでな。現地に調査装置を持ち込んでも、毎回あてにならん数値しか出ませなんだしな。まあ、これもバラミアを巡る小さな小さな謎の一つですかな。」
 ホーリィは言った。
「身体能力のお話しではありませんでしたか?教授?」
「おお、いかんいかん。そうでしたな。アルや、これに古代から現在までの水源情報と集落情報を重ね書きしてくれんか。」
 地図の上に、オアシスや井戸などの水源が青い光で、都市や集落などの位置が緑の光で追加された。
「これを見てくだされ。古バラミアの遺跡群が、実に巧みに人々の行きそうな場所から離れて点在していることに気づかれませんか?これがひとえに近代までバラミア遺跡が発見されなかった理由の一つでもあるわけなのですがな。」
 ホーリィは、煙を一筋吐き出しながら言った。
「ああ、その話は聞いたとこがあります。彼らは水を飲まないんですかね、いやそんなはずはないな。」
 ホーリィは、ハリーが連れて行ってくれたバラミアの館の水の柱を思い出していた。それに、回復の床で飲まされた、霊水とでも言って良いようなあの不思議な水も。
「ま、それも不思議ではあるのですが、私らの目から見た場合、もっと不思議なのは、これらの遺跡群がどうやって連絡を取り合っていたか、ということなのですな。要するに通信手段のことですが工学的な手段でないことは明らかですな。なにしろ、そのような出土品はありませんでな。かといって、もっと原始的な、例えば狼煙であるとかもまた現実味のない話ではありますし、これら遺跡の間の距離を考えますれば、頻繁な往来があったとも思えません。ただ、この疑問を解くカギはあることはあります。この砂漠地方に伝わる童歌に、このような一説があるのですが、ええと、バラミア語は理解できますかな?」
「ええ、現代バラミア語でしたら、トランスレータを生体ベイに入れてますから。」
「結構、アルや正確なのものをお聞かせしてやってくれまいか。」
 アルが部屋のどこかから答えた。
「ええ、教授。ではアクティアさん、よろしくて?『アーユ・バラム・アクゥ・ラシール。アユーラ・バラミア・ラクア・ラシーラ。』です。本来は音階が伴うのですが、幾つものバリエーションがありますので、それは省略させていただきました。よろしかったですか、教授?」
「ああ、構わんよ、アル。さて、アクティアさんお分かりになりましたかな?」
「今のは『バラミアの彼、空に向かいて語りかけん。バラミアの彼女、空の向こうでそれを聞かん。』ですかね?合ってますか?でもどういうことです?」
 教授は、にんまり笑ってこう言った。
「彼らは話そうと思えば距離に関係なく話ができた、ということでしょうな。これもまた、とても信じられない話ですがね。しかし、これもまた神格視される要素の一つではありますまいか?」
 いや、ホーリィにはすんなり信じることが出来た。ほかならぬハリーがそれをやってみせたではないか。そう、あの時、サシリエルの部屋に入る寸前、ハリーは扉の前でなにか念じているようではなかったか?それは扉の向こうにいるサシリエルと話をしていたのではないのか?
 ホーリィの思考を、教授の声が遮った。
「そういえば、最近では、ちょっと新しい情報が加わりましたな。アクティアさん、あなた先ほど、グランビア16云々というお話をされませなんだか?これは、グランビア16から比較的近いベスラハラーミアという遺跡で最近起きた盗難事件に関することなのですが、それ事態はご存知ですかね?」
「え?ああ、恐らく知っていると思いますが。」
 ホーリィはサシリエルの事だと思ったが、曖昧な返事を返した。教授は続けた。
「ニュースでどこまで報道されたかは知りませんが、あの事件の容疑者はバラミア人らしいということと、盗難に遭ったのが、古バラミアの遺物ということで、当局に協力を要請されましてな。現地に赴いたのですが、なんとも不思議な現場でしたな。扉という扉は全て内側から開錠されており、途中の警備の者も一人として目撃しておらん、と。なんといいますか、まるで、扉は自らの意思で開いたようでもあり、警備の者は、見えない手で目隠しされたようでもあり。まるで、彼らには、ある種の精神感応能力とか物質への干渉能力があるようにしか思えませんでしたな。」
 そのとおりだ、とホーリィは思った。ハリーが岩石の気持ちの話をしていたことを思い出していた。そして、ヤングドワーフを取り返しに言って、グランビア軍野営地に潜んでいたとき、ホーリィを見逃した兵士たちのことも思い出していた。
「どうかしましたかな?アクティアさん?」
 我に返ると、教授がホーリィの目をじっと覗きこんでいた。
「あ、いいえ。色々不思議な話を伺ったもので、少々混乱気味なのかもしれません。ところで、その時盗まれたものですが、差し支えなければ、それについてお聞かせ願えませんかね?」
「ええ、構いませんよ。アルや、ビジュアルイメージのデータはあるかね?」
擬人化プログラムのアルは、教授とホーリィの間に表示していた地形マップを消し、そこにビジュアルイメージを浮かびあがらせた。それは正しく、ホーリィがサシリエルの部屋で見た刀剣だった。
「こいつは、アクティアヌスの守り刀というのですかね、教授?」
 教授は目を丸くして驚き、言った。
「アクティアさん、それは非常に面白い意見ですな。どうして、そんな事を考えつかれたのですかな?」
「盗んだ本人から、そう聞いたもので。」
 そういうと、ホーリィはわざとにやりと笑ってみせた。
 教授は一瞬黙り込み、そして笑いながら続けた。
「さらに、面白いことを言いますな、アクティアさん。そういえば、あなたとアクティアヌスは、名前が似ておりますなあ。」
 ホーリィは続けた。
「いえ、実は、アクティアヌスという名前はどっかで聞いたことがあるなあ、程度でしてかないんですよ、教授。よろしければご教授願えませんかね。」
教授は少し困ったような顔をした。
「いや、構いませんが、それはやや専門外の領域の話でしてな。ネビュラ全域の伝承の話になるのですが、どちらかというと、これは、ユニオンのサー・バークスデル大尽の専門領域ではないのですかな?まあ、知ってる限りとお断りした上で述べるならば、アクティアヌスはニュインベルグ星域の昔話に出てくる高名な騎士の名前ではないですかな、忠誠の騎士アクティアヌス。かつてのニュインベルグ神聖帝国時代の。ご存知ないですか?」
「いいえ、教授、存じません。」
 教授は、ふうむと言い、茶をひと口すすってから、また言った。
「まあ、それも無理からぬことでしょうて。何しろ、ニュインベルグ星域とラヴァク星域、それに我がビューダン星域の間には常に微妙で複雑な歴史的問題が過去から現在にわたって横たわっておりますからな。古代史を専門としとる者くらいしか知らんのかもしれませんな。とはいえ、横断的な学術交流があるわけでもありませんで、私もそれ以上は知らんのですがな。しかし、星域を超えた範囲での古代史という考え方は面白い発想ですな、アクティアさん。」
「いや、どうも。専門の方にそうおだてられると、なんといっていいやらで。」
 ホーリィもそう言うと、教授を真似て茶をすすった。
 その時、ホーリィの左手首の通信機にコンタクトがあった。
「急いで戻っていただけませんか、ホーリィ。緊急を要する事態が起きました。」
 珍しく、ケイが慌てている様子だった。

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