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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第ニ部


御前会議

 宇宙空間から眺める惑星ファビュラスは、赤と青のコントラストをもつ、飴玉のように見える。ほとんどの地表は赤く見え、それと対峙するように青い海洋が割ってはいる地形の上に綿菓子のような薄く切れ切れの雲が浮かんでいる。
その飴玉ファビュラスの上に、きらりと輝く光点がひとつ現れ、ぐんぐんと輝きを増しながら、近づいてくる。
それは、地表と軌道上にある宇宙施設を往復するためのシャトル船だった。
白色に反射する金属で継ぎ目なくコーティングされた軌道シャトル船の船腹には、星雲を模ったユニオン徽章がほどこされており、その下には星系共通語でユニオン・ファビュラス陸運三十八区分と記されているのが見て取れた。
ミハエル・フリントは、軌道シャトル船のゲストルームの窓から、限りなく球形に見える惑星ファビュラスの水平線を眺めながら、もう一本葉巻に火をつけるべきか否か思案していた。第一軌道上に到達したシャトル船は、その上面を惑星の側に向けて、ゆっくりと周回運動をしていた。
ミハエルの目は、地平線の向こうから、巨大な摩天楼都市が、太陽を従えながらゆっくりと昇ってくる姿を捉えた。
その巨大構造体は、ユニオン・シャード07と呼ばれていた。惑星ファビュラスの大気層よりも上の高高度をゆっくりと周回しているユニオン所有の軌道ステーションである。
これからミハエルは、シャード 07 で緊急召集された会議に出席しなければならなかった。正直、気分がいいものではなかった。出席者リストには、これまで名前しか聞いたことがないようなユニオンの中でも最高位クラスのメンバーが名前を連ねていたし、議題として取り上げられたのは、目下、自分が直属の上長として管轄しているホーリィ・アクティアの探求ミッション関してだったからである。
「芳しくない展開だ。」
結局ミハエルは、チャーチル&キッシンジャーをもう一本取り出すと、フィルムを剥き、ついでシガーカッターで吸い口を切った。愛用の短いフラッシュ・ライターを取り出し、人差し指と中指の間にはさんで、親指でその尾部をはじくと、先端に小さな電子のスパークが発生し、それから柔らかな炎がともった。
やがて、軌道シャトル船はゆっくりとシャード 07 ステーションへと接近し、接岸用ドックから伸びている無数のドッキングアームにがっちりと捕らえられ、そして静止した。


 巨大な木製の扉が両開きに開くと、室内は漆黒の闇だった。すかさず、足元に順番に通路インディケーターが点灯し、進むべき方向を無言で暗示した。ミハエルはまるで裁判の被告にでもなった気分だった。扉が背後で音もなく閉じるのと同時に、部屋の中央部がぼうっと明るくなり、そこに、まさしく裁判所の宣誓台とでもとれるような立ち机が浮かび上がった。ミハエルは胃の中に氷の塊が出現したかのようなストレスを覚えたが、なんとか無表情のまま、そこまでたどり着いた。
「ようこそ、ミハエル・フリント君。楽にしたまえ。」
遠くからか近くからか、所在のはっきりしない老いた男の声が聞こえた。その後に別の老人の声が続く。
「それでは、手短に報告してもらおうかの。詳細は既に把握しておるがの。あくまでも君自身の説明を聞かせてもらおうかの。」
これが、ユニオンの御前と呼ばれる方々の声か、とミハエルは思った。御前とは、ユニオンにおける最高意思決定機関に属する人々であり、故にこのような会議は俗に御前会議と呼ばれていた。ミハエルは、よもや自分の一生の間に御前たちと向き合う局面があろうとは思っても見なかった。ましてや、それが御前会議の席上などとは。
「経緯を簡単に述べます。」
ミハエルは、前方の暗闇を凝視しながら言葉を続けた。制服に仕舞い込まれた幅のある背中に汗が一筋流れ落ちるのを感じた。
「当初の目的は、ファビュラス上のグランビア大砂海地域の政変の可能性と実情の調査でした。ご承知の通り、我がユニオンはこのエリアに本惑星上における陸上交易活動の主要施設を有しております。常に安定した活動基盤を維持するために、このような探求ミッションは、我がユニオンでは最高クラスの重要度を持って行われます。」
そこで、また別の声がミハエルをさえぎった。
「不必要に緊張しておるようだね、主席探求者。なんなら、その葉巻に火をつけてもかまわんよ。我々が必要としておるのは、素直な君の言葉だ。遠慮はいらん、さあ。」
ミハエルには分かっていた。このような場では、室内に仕組まれた各種センサーが当事者の生体状況をモニタしているのが、ユニオンの流儀なのだ。そしてまた、このような場合の要請や提案とも取れる言い回しは、実は命令に等しいということも、またユニオン流なのだ。
「では、失礼して、いただきます。」
ミハエルは、チャーチル&キッシンジャーのフィルムを剥きながら、続けた。
「今回の探求者には、ホーリー・アクティアという者が選抜され、正式に依頼されました。彼は、一風変わった彼流のやり口で…。そのう、彼所有のトラックをミッションに用いるという点に関してですが…。この仕事に取り掛かり、結果としてバラミア人たちとの接触に成功しました。」
声がした。
「しかし、その過程で、トラブルを起こしたと聞いておるがの?」
葉巻に火をつけ、それを吸い込んだミハエルは、少しだけ精神のバランスを取り戻したように感じた。そして、しばし言葉を選んだ。向こうは何もかも把握した上で、聞いているのだ。商取引上の経験による交渉戦略は、この場合、むしろ危険な気がする。
「率直に申し上げます、御前。トラブルに巻き込まれた、というのが正当な私の評価であります。あれは、純粋にグランビア軍閥の演習中に発生した事故と見れます。もっとも、問題がないわけではありません。グランビア統治府はこの一件を即座に我々に通知する必要がありましたが、それを意図的に遅延させたのではないか、と見ております。」
ミハエルは、そこで一旦言葉を区切って、相手の出方を待った。暗闇の声が答えた。
「しかるのちに、ペナルティとして新たな通商条約の提案と締結を迫った君の行動は、実に愉快かつ正しい。ユニオンのやり口を完璧に踏襲しておるね、ミハエル君。しかし、少々事態が変わった。この一件に関して、今後は少々ちがうアプローチを取ってもらう必要があるだろう。」
ミハエルは思わず眉根にしわを寄せた。真意が解せなかったのだ。
「御前、と申しますと?」
声がたてつづけに響いた。
「簡単に言うと、こういうことじゃな。ユニオンは本件に積極的に関与することにしたのじゃよ。つまり、もはや中立ではないということじゃな。」
「今日の主旨は、この方針の通達にあったのだよ、主席探求者。指示詳細は追って通達するが、このミッションは次のミッションに発展的継続されることが先ほど決定された。現場探求者の変更はなしに、引き続き君が担当したまえ。ミッションのランクはゼロ・マイナス。」
ミハエルは、思わず硬直した。彼の手から葉巻が落ち、床の上をころころと転がった。
「御前、これは『起源問題』なのですか?それは最高位探求者自身の意思なのですか?」
「左様、『起源問題』そのものじゃよ。そして、これは、サー・バークスデル・フォンシュタインご自身の希望なのじゃよ。」
 唐突にミハエルの正面がまばゆく輝き、一人の男のシルエットを浮かび上がらせた。男は、深々とした椅子に浅く腰をおろし、足を組み、膝の上に両の手を重ねているように見えた。
 それと同時に今までとは違う声が、今までと同じようにどこからともなく定かではない場所から聞こえてきた。その声は、不必要にざらざらとした感触を持ち、抑揚に欠けがちで、ところどころ金属的な響きを含んだ、電子合成された声のようにも聞こえた。
 「起源問題と一言で言うのは簡単であるが、その全容を語るのは難しい。この星系の人間は、皆、その言葉を知ってはいるが、その言葉に対する印象は個々に異なるものであろう。まずは、葉巻を拾いたまえ主席探求者ミハエル・フリント。」
 ミハエルは身動きできなかった。シルエットの人物は、自分の名前を名乗った訳ではなかったが、ミハエルは直感した。目の前にいるのは、ユニオンに属する人間ならば誰もが知っており、敬愛と恐怖と忠誠と信仰に近い気持ちを向けざるを得ない、ある種の神話上の登場人物そのものとも思えるような存在、サー・バークスデルその人だと。
 最後の声は、ミハエルがまだ葉巻を拾えないでいる状態でいるにも関わらず、言葉を続けた。
 「この星系の人類は、400万年にも及ぶ歴史を厳正な記録として有してはいるが、その割にはその期間を実証するだけの古代遺物に極端に乏しい。400万年分の記録がありながら、最古の遺跡が、たかだか数千年前の惑星ファビュラスにある古バラミア人のものであるという事実は、非常にアンバランスな事態だとは思わないかね、主席探求者?そう、一般に我々が『起源問題』という言葉を口にする時、それは、このアンバランスな事態が示す謎の事を意味する。人類は、本当に記録どおりの歴史を持っているのか、それとも否か?そもそも人類は本当にここで生まれたと考えるべきなのか、それとも否か?分子生物学者、惑星物理学者、宇宙論者、オカルティスト、一般市民、実に様々なグループや個人が、この謎とそれに対する実感や心境を表現するときに用いるのが、この『起源問題』という言葉である。さあ、主席探求者、葉巻を拾いたまえ。そして、ここまでで、何か言いたい事があったら、遠慮なく言ってみたまえ。」
 ミハエルはのろのろと腰をかがめ腕を伸ばして、ようやく床の上で消えかかった葉巻を拾い上げた。そして、真っ先に頭をよぎった疑問を口にした。唇がぱりぱりに乾いていて、言葉をやや強引に押し出してやらねばならなかった。
「何故…。ユニオンがやるのですか。もちろん『起源問題』の重要性は分かります。しかし…。」
ミハエルの詰まった言葉を、最後の声が引き継いだ。
「学術的かつ宗教的問題に首を突っ込むのはユニオン流ではない、と言いたげのようだね、主席探求者。もちろん君のその疑問は理解できる。そして疑問を残したままでは、納得のいくスタンスで仕事に取り組むことはできないだろう。こう考えてみてはどうかね?『起源問題』の解明には、かつてないほどの商品価値があると。これは、我がユニオンのみならず、ビューダン・ユニオンの時代にまで遡ってみても、かつてないほどの商品価値があると。」
 最後の声は、それっきり黙りこんだ。光が去り、シルエットは消えた。それから、どれくらいの時間がたったのか分からなかったが、ミハエルは床の通路インディケーターが先ほど入室した大きな扉の方に向かって点灯しているのを認めた。退室許可だと思った。
 とてつもなく大きな疲労がぎっちりと詰まった重い袋を背負わされてる気分だった。よろめくように出口に向かいながらミハエルはふと思った。
あいつなら、あのホーリィ・アクティアだったらこのような時、どういう態度を取っただろか、と。


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