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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第ニ部


アレックス・ローランバーグ

 グランビア08駐屯軍の軍事演習野営地の中央付近にある比較的大きな幕舎の一室に、軍服姿の一人の男がいた。幕舎といっても、ここは布張りのテントのようなものではなく、とても薄いが強靭な金属幕の壁と、軽合金の鉄骨枠からなる、簡易ではあるが十分な快適性を持った移動可能な軍事施設だった。
 男は、簡単な造りのテーブルの前に置いた折畳式の椅子に腰を掛け、組み合わせた足を神経質そうにぶらぶらさせながら、様々な資料や文献の内容を見比べ、検討し、何事かを考え込んでいるようだった。
 突然、男のいる部屋の壁がノックされ、一人の兵士が現れた。
「失礼します。アレックス一等情報武官殿。」
 兵士は敬礼すると、入室してドアを閉じた。しかし、必要以上に部屋の中へは進まず、その場に直立したまま、言葉を続けた。
「先ほど、不審な侵入者を捕縛いたしました。司令官の判断により、この者の尋問をアレックス殿に要請したい、ということであります。」
 アレックスと呼ばれた軍人は、資料に落していた鋭い目線をそのままゆっくりと兵士に向けて言った。
「君の名は?」
「グランビア08駐屯軍海軍部第三警備艦艇大隊ゲリス隊所属のジェスア・シーマルであります。」
「では、ジェスア君。何ゆえ、グランビア08の司令官が最高統合本部所属の情報幕僚である私に、このような野営地での不審者の尋問を依頼するのかね? もしも知っているなら、その意図を教えてくれたまえ。」
 ジェスアは、アレックスの鋭い眼光と語気に気押され、視線をそらしながら、答えた。
「はい、アレックス一等情報武官殿。司令官は、この不審人物が、恐らくアレックス殿が関与しておられる任務になんらかの関連があるのではないか、と推測されました。ですから、まず、アレックス殿にご一報を入れ、しかるべき確認をと判断されたのであります。」
 アレックスは、ほう、と短く呟いて言を続けた。
「その侵入者に関する現況報告をしたまえ。」
「はい。侵入者は、本野営地北東の資材ストックエリアに侵入したところを、警備に当たっていたメカロイドに捕獲されました。すぐに当該地区の警備担当班からレポートがあがり、所持品の押収と身元の確認作業が行われ、現在は我々の警備艦艇の一室に収監してあります。この当該人物は、身分認証公団の証明コードから、ユニオン探究者のホーリィ・アクティアであることが判明しております。」
「ホーリィ・アクティア? なるほどね。」
 アレックスは折りたたみ椅子から立ち上がり、壁際にある衣類ロッカーからコートを取り出し、それに袖を通しながら、ジェスアに命じた。
「そのお客様を大型一時収蔵幕舎の倉庫区画に面した適当な一室にご案内してくれたまえ。そこでおもてなしをすることにしよう。」


 ホーリィは二体のメカロイドに左右から腕を押さえ込まれて、突っ立っていた。
 ホーリィの居る部屋は、五メートル四方ほどのがらんとした造りで、左右上下は金属質の壁に囲まれており、彼の背後に不透明なシャッターガラスが嵌め込まれた窓がひとつだけと、その対面に出入り口があった。部屋の中央にはそんなに大きくない金属製のテーブルと、それを挟んで対面するように椅子が二脚、置かれていた。
 ホーリィは葉巻が吸いたくて吸いたくてしょうがなかったが、チャーチル&キッシンジャーの小箱はおろか、ライター、携帯端末、そしてもちろん、スタイルヘルガーメカニカルリボルバー拳銃などといった、持ち物はすべて没収されていた。
 やがて、壁の出入り口が音もなく開いて、二人の軍人が現れた。アレックスとジェスアだった。アレックスは薄いファイルホルダーのように見える金属製のボックスを、ジェスアは大ぶりのアタッシュケースのようなものをそれぞれ携えていた。
「かけたまえ、ホーリィ・アクティア君」
 アレックスがそう言うと、二体のメカロイドはホーリィを椅子に座らせて、押さえていた腕を解放した。アレックス自身もテーブルを挟んで反対側の席に腰を下ろした。ジェスアは、出入り口付近で直立不動の待機姿勢をとり、自身の足元にアタッシュケースをいた。
「あいにくと名刺は切らしていてね。でも、必要なさそうだね。俺の名前を知っているようだし。はじめまして、ええと…。」
「アレックスだ。アレックス・ローランバーグ。」
「はじめまして、アレックス。ところでこれは軍法会議ってやつかい?」
「いいや、そうではない。しかし、お望みとあれば…。あるいは、君の応対如何によっては、そのようなイベントも考えられない訳ではないね、ホーリィ君。」
「ええと、まずはどうしたらいいのかな? ああ、とりあえず、勝手にお宅の庭先に迷い込んだことは誤るよ。でも、踏み荒らしてめちゃくちゃにするような庭木や芝生は見当たらなかったし、拘留されるほど悪い事をした、とは思ってないんだけど。」
 アレックスはホーリィを見据えたまま、にやりと笑って、言った。
「君は大胆不敵な男だな、ホーリィ君。しかし君はもう少し自分の置かれている状況というものを考えてみる必要があるようだ。いいかね? 演習中とはいえ、君は軍事施設に侵入を企て、そして捕まった。これだけでも、立派な犯罪だ。くわえて君はユニオンの人間でありながら、どこからみてもバラミア人風の身なりをしている。この部分に関しても非常に怪しい。まったくもって、なにをどこから話してもらおうかと、私も思案しっ放しなんだがね。」
「そうだね、それはごもっともな意見だと思うよ、アレックス。そうだな。なんでもかんでも包み隠さず話しましょう。でも、その前に葉巻を一本とライターを返してくれないかな?」
アレックスは両手の人差し指を突き出して交差させ、バツ印を示して言った。
「ここは禁煙なのだよ、ホーリィ君。なぜなら、私はその煙がひどく不快でね。しかし。我々は夜盗や追いはぎの類ではない。君の持ち物は君の者だ。しかるべき手続きが踏めれば、それらを返却することもできるだろう。」
「それを聞いて安心したよ、アレックス。なら、俺のトラックもついでに返してくれないかな。君らが預かってくれてるのは重々承知だよ。そうしてくれと、頼んだ覚えはないけどね。」
「それは確約しかねるね、ホーリィ・アクティア君。なぜなら、君のトラックには少々問題が認められる。それとも君は、この惑星ファビュラスには軍事技術の民間転用を規制する法律があることを、知らなかったのかな?」
 ホーリィは黙ったまま、じっとアレックスの口元を注視していた。その唇に、にやりとした笑みを浮かべながら、アレックスが続けた。
「後ろを見たまえ。」
ホーリィが、上体をひねってふりむくと、背後にあった窓が透明度を取り戻した。窓の向こう側は大きな倉庫上の空間になっており、そこにヤングドワーフの姿があった。
「蛇の道は蛇、といってね、ホーリィ君。君のトラックは色々な点において興味深い。ひとつは軍事的興味だ。あのトラックは惑星ガリザイスのアーバンミリタリーモータースが六年ほど前に極秘裏に試作した、強行輸送車両の研究用模型に非常に良く似た形をしているのだがね。古典的な大型十二外輪を装備して、速度と引き換えに悪路走破性を高め、陸上車両にもかかわらず、いくつかの宇宙戦闘艦の技術を転用するというアイデアは、当時その筋で話題になったから、良く覚えているよ。しかしまさか、現物が存在していたとはね。」
「単に偶然じゃないかな? あれはただのクラシックカーだよ。」
 アレックスはホーリィを無視してさらに続けた。
「第二の興味は、あのトラックがまさしく二週間近く前にバラミアの若い女性を救助したトラックだということだ。空から降ってきた女性だがね。覚えてないかね?」
「女の子の知り合いは多いからね。思い出せるかどうか、微妙だな。」
 アレックスは芝居がかったため息をついてみせ、それから言った。
「いいかね、ホーリィ・アクティア君。君はユニオンの人間で、私はグランビアの国益に奉仕している立場の者だ。基本的に我々には対立すべき必要性は全くないのだがね。」
「まあ、そうだね。あんたは間違ってはいないと思うよアレックス。でも、しかし、それは建前論だね。例えば、あんたらグランビア軍は、事故か故意かは知らないが、ともかくユニオン所属の車両との接触事故を起こした。で、その件はユニオンに報告されているのかな? あんたは最初に、『我々は夜盗や追いはぎではない』と言ったね。本当にそうなのかい? トラックの件もそうだし、俺の持ち物だってそうだ。今ごろ、どっかのオークションサービスに俺の愛銃とかが出展されてるんじゃないのかい?」
 アレックスは、ジェスアに目配せし、アタッシュケースを受け取った。膝の上にそれを乗せて、それを空け、中からスタイルヘルガーリボルバーを取り出した。
「君の荷物は、ここに一式あるのだが、今言ったのは、これのことかね?」
アレックスはそういうと、遊底をひいて装弾した。甲高い金属の音が狭い室内に響いた。
「えらく旧式のミサイルハンドガンだね、ホーリィ君。擬人化プログラムはロードされていないようだから、このまま撃ったらダメージ制御はきかないだろうね。まともに直撃すれば、一瞬にして肉体が粉砕されるだろう。しかし、弾倉には六発あるからね。足と手を順番に吹き飛ばしていっても、まだ二発残る計算だ。」
 アレックスは何も無い壁に向けてスタイルヘルガーを構えてみせ、さらに続けた。
「あまり手荒な真似はしたくないのだよ、ホーリィ君。君の知ってることを全部教えてくれたまえ。ユニオンはなにをしようとしているのかね? そして、あの砂漠の不思議な理解できない連中はなにを考えているのかね?」
「ユニオンは商売をしているだけだと思うよ、言うまでもないことだけどね。砂漠の人たちに関しては、わからないなあ。その方面に親戚がいないものでね。それにしても、アレックスさん。あんた、あんまり事を荒立てないほうがいいと思うよ。これが、酒の席での話ってのなら別だけど、ユニオンの人間や備品に手をだすと、星間通商条約に関わる問題にまで発展しちゃうよ。」
「ご忠告ありがとう、ホーリィ君。もちろん、その懸念はあるだろう。しかし、それは通報する者がいた場合の話じゃないかね。さて、そろそろタイムオーバーとしようか。まず、あのトラックにあった記録の符号解除に協力したまえ。それから、君の頭の中にあることを洗いざらい言いたまえ。そしたら、何の問題もなく、君はユニオンの仕事にあのトラックともども戻れるだろう。そのトラックに冠する軍事技術云々も不問に付そうじゃないか。」
「そんなに気になるのかい? 彼女が持ち出したバラムの剣が。これだけの軍事力をもっているあんたらが、なんであんな短剣にびびってるんだい? それに歴史的にはあれは、彼女らのものであってこそすれ、あんたらのものじゃないんだろ?」
 ホーリィのその言葉を聞くと、アレックスの目に鋭い光が宿った。そしてゆっくりとスタイルヘルガーをホーリィに向けた。指は引き金にかかっていた。
「あんな短剣、と言ったかね? 何も知らない外部の人間が何を言っているのだね?」
 ホーリィはにやりと笑って、言い返した。
「やめときなよ。言い忘れたけど、その銃はたまに暴発するんだ。」
 突然、ホーリィの背後にいた、二体のメカロイドのうちの一体が、抜け殻にでもなったかのように倒れこんできた。アレックスとジェスアの意識がそちらに向いた一瞬をついて、ホーリィは飛びのいた。と同時に、スタイルヘルガーに意志が宿った。エスがメカロイドからスタイルヘルガーに自身を転送したのだった。そしてスタイルヘルガーに乗り移ると同時にエスはトリガーを引いた。不意を突かれたアレックスの右手の中でスタイルヘルガーは跳ね上がり、アレックスの右肩を壊して後方に弾けとんだ。
 スタイルヘルガーから放たれた四十八口径ショートミサイルカートリッジは、ホーリィの背後にあった窓の周辺にあたり、そこに大きな穴をあけた。
 床に落ちたエスは、転がりながら、誰もいないほうに向けてさらに何発かを発射した。スタイルヘルガーは花火のように床を転がりまわり、部屋の中を爆煙だらけにし、部屋の壁を穴だらけにした。
 ホーリィは、一瞬の隙を突いてスタイルヘルガーとアタッシュケースを拾い上げると、部屋の外の通路に飛び出した。
 アレックスとジェスアは通路を駆けて行くホーリィの背後めがけて発砲したが、ターゲットの姿はすぐに角に曲がって消えた。二人はホーリィの後を追った。野営地中にサイレンが鳴り響き、そこにいる軍隊は、大慌てで臨戦体制に入ろうとしていた。
 部屋に一人残ったメカロイドは、やれやれ、といった手振りをしたあと、エスが最初に空けた大穴をくぐって、その向こうにあるヤングドワーフの方にむけて悠然と歩き出した。


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