夕刻、ハリーに案内されてホーリィは巨大な縦穴式の館から外に出てみた。館の出入り口は、オアシスを臨む岩山の上にあった。日はすでにほとんど沈みかけており、外気はさらりと乾いていて心地よかった。
ホーリィとハリーは岩山の上で、転がっている大きな石ころに並んで腰かけて、それぞれ煙草をふかしていた。
「聞きたいことを聞けたか、ヴォセバラミアに。」
愛用の白石でできたパイプで煙草の煙を楽しみながらハリーが言った。
「ちょっとは聞けたよ。でも全部じゃない。なんていうか、話の途中でちょっとびっくりするようなことがあってね。それで、幾つか聞きそびれた。彼女は不思議だな。そしてとても魅力的だ。こういう発言は不適当かな?」
「どうして聞く、そのようなことを。」
「いや、だって、その。どうやら彼女は君らの中ではお偉い部類に入る方々らしいじゃないか。違うのかい?」
ハリーは、すうっと細くて長い煙の筋を吐き出して、それから答えた。
「あなたがそう思い、そう話すなら、それはあなたの真実。それを否定も肯定もしない、私は。ただ、彼女は偉いという訳じゃない、特別なだけ。古のバラミアの言葉は分かるか?」
ホーリィは首を振りながら言った。
「いや、たぶん、わからないと思うな。」
「バラムという言葉がある。これは、広い意味での我々全部を指す。そして、バラムを女性形で現すとき、バラミアになる。」
ホーリィはそこで、ハリーの話に割って入った。
「質問、いいかな?じゃあまるで、バラミアの人っていう言い方は、みんな女性みたいに聞こえるけど?」
「ちょっと、違う。バラミアの人という言葉は、バラムの女性なるものの人の意味。それとも男性から生まれたのか、あなたは?」
ハリーは笑いながら言い返し、さらに説明を続けた。
「別の言葉でヴォッサがある。これは源とか根源の意味。そして、バラミアの前に着く場合には語形変化してヴォセになる。つまり、サシリエル・ミスシリアム・ヴォセバラミアは、分かるように言い直すと、『根源なるバラムの女性なるものサシリエル・ミスシリアム』になる。」
「難しいな。でも多分、ヴォセバラミアってのは、なにかを象徴する言葉で、サシリエルはその具現者ってことなのかな。」
そこで二人の会話は一旦途切れた。ホーリィは漫然とサシリエルの事を考えていた。
「人間ってのは死んだ後に、また生まれ変わるものなのかな。」
しばらくの間、ずっと黙ったままチャーチル&キッシンジャーの煙を立ち昇らせていたホーリィが、ふと誰に尋ねるともなくそう言った。ハリーもパイプから、紫色の煙を一筋たたせ、ホーリィと同じような調子で、誰に答えるでもない言い方で話した。
「わからない、まだ死んだことがないから。でも、我らバラミアの人は、多くの物から心を感じることができる。たぶん、ずっともっと、あなた方よりは。」
「それはつまり、どういうことだい?」
ホーリィは夕日がきらきらと夕日の残照を反射してきらきらと輝いているオアシスの湖を眺めながら、心ここにあらずといった風情で言った。ハリーは座っている石を手のひらで軽く叩きながら、こう続けた。
「例えば、この石。これは、いまゆったりとした気持ちで安堵している。激しい熱から解放されたのをとても喜んでいる。それと同時に気を引き締めてもいる。急に冷えると、自分が割れてしまうから。」
ふむ、と小さくホーリィは声を発した。夕闇が濃くなってくる中、ハリーの言葉が続いた。
「心を持つものはたくさんある、あなた方が考えている以上に。だからこそ、わからない。それらの心がどこから来てどこへ行くのかを。」
「以前なら、冗談を言い返すところだが。でも、今の俺にはハリーの言ってることが分かる気がするよ。あの時、君はケイよりも早く、グランビアの連中が近づいてくるのに気が付いたからな。俺らが感じられないものを君は確かに感じることができるんだろう。」
そう言って、ホーリィはまた小さく呟いた。
「ケイはどうなったのかな。」
ハリーは小さな鋭いナイフで、パイプの火皿から煙草の灰や燃え残りをかりかりと掻き出して尋ねた。
「これからどうするつもりなのか、あなたは。」
ホーリィは、ぷうっと葉巻の中にたまった煙を吹き出して葉巻を消す準備をすると、上半身を乗り出して自分の膝にひじを乗せ、両手を組み合わせて、ちょっとの間考え、そして答えた。
「まずはヤングドワーフに戻るさ。なんとしてもね。なぜなら、俺の帰るところはそこだから。それから、多分、また君らに会いにくるだろう。それは俺の仕事だからね。それにしても、ケイが心配だ。やつらにひどい目に合わされてなきゃいいけどな。」
「心配してくれてありがとうございます、ホーリィ。でも私は大丈夫ですよ。」
不意にホーリィの手首の通信端末からケイの声がした。
「あなた、いったいどこにいるのよ、ケイ。いままでなにしてたわけ?」
ホーリィが「ケイ!」と叫ぶよりも早く、左腋の下に吊るしたスタイルヘルガー・メカニカルリボルバーの中のエスが反応した。
「ずっと精査してましたよ。ホーリィと、もちろんあなたもね、エス。」
「ええと、無事でなによりだケイ。というか、本当にうれしいよ。で、あの後、なにがどうなってんだかを順を追って説明してくれないかな。」
ホーリィは消しかけた葉巻の吸いさしにオイルライターでもう一度点火しながら言った。ハリーもまた、パイプに煙草を入れなおすと、それをすぱすぱとやりはじめて、黙って話しを聞いていた。
「あの後、というのは砂津波が起きたあたりからでいいですね、ホーリィ。まずあの砂津波ですが、あれはグランビア08所属の大型潜行推進型車両の急速浮上が原因です。まさにヤングワーフの直下から来たもので、気づくのが遅れてしまいした。申し訳ありません。」
「いや、おまえさんのせいじゃないよケイ。誰だって床下から客が来るなんて思わないからな。でも、今後は注意することにしよう。で、それから?」
「ヤングドワーフを緊急離脱させようと試みたのですが、横転して身動きのとれない状態になりました。そこで万が一のセキュリティ確保のためにヤングドワーフ内の記録に対してスクランブルロックの操作を行いました。そうこうしてるうちにグランビアの兵士が内部に侵入を試みはじめましたので、私自身も緊急離脱を試みました、つまりその、借りているユニオンの汎用衛星に対してですが。」
ホーリィは星が瞬き始めた砂漠の空を見上げて言った。
「なんと、おまえさんは今、成層圏の上にいるのかい?」
たぶん気のせいだな、と思いながらもホーリィは、一つの星が大きく瞬いたように感じた。
「ええ、相手が六人以上いる場合は逃げたほうがいい、と言ったのはあなたでしたね、ホーリィ。なにしろ、我々擬人化プログラムは尋問にも拷問にも屈しませんからね。ああいう場合、大抵はサディスティックなプログラミングサイエンティストの身の毛もよだつようなコンピュータに移動させられて、そこで逆解析の憂き目にあうのは必定ですから。それに、我々を削除しても実行者は殺人の罪には問われない訳ですからね。何をされるか分かりませんので、とにかくその場を離れた訳です。」
「賢明ですな、我が友、ケイよ。」
ホーリィは夜空の適当な方向に向かって右手の親指をつきたててサムズアップのポーズをしてみせた。
「私がいるのは、そっちの方角ではありませんが、まあ、いいでしょう。衛星に移動してから後はあなたとヤングドワーフをずっと追跡していました。あなたの生体データから、意識を失っているのが分かりましたから、呼びかけはしませんでしたけどね。でも、そこにいる男性があなたを連れて東のオアシスの方へ移動していくのは見えてましたよ。当然エスもそこにいるのは分かりましたが、エスはただでさえ低いその銃の通信帯域を全部どこかに宛てて使い切っていて、こちらから話し掛ける余地はありませんでしたよ。思うに、ずっとヤングドワーフを呼んでいたのではないですか?」
「まったくその通りよ、ケイ。だってあなたの・・・。」
そこまで言ってエスは黙った。ホーリィは、やつら会話をアプリケーション間通信に切り替えやがったな、と思うと同時にそこで何が話されてるのかを想像して、思わずにやにやし、それからわざとらしく咳払いをしてみせた。
「ええと、まあ、それであれですね。」
珍しくケイがしどろもどろな言い方をしたので、ホーリィは自分の読みが当たった気がして、可笑しかった。ケイは続けた。
「そうこうするうちに、あなた方は通信の届かない領域に入ってしまいました。そこで、どうしようもなくなり、定期的にこのあたりをピンポイントで精査してた訳です。」
ホーリィは無意識に西の彼方を見やりながら、言った。
「で、ケイ。もうひとつの我々の仲間、ヤングドワーフのその後は?まさかとは思うけど、そのまま、まだ野ざらし?」
「いいえ、ホーリィ。ヤングドワーフは彼らが回収していきましたよ。ヤングドワーフの追跡用信号を捕捉してますから、今どこにあるかは分かってますけどね。」
「オーケー、ケイ。じゃあ、預けた物を返してもらいに行きますか。」
そういうとホーリィは立ち上がり、指で銃のような形をつくると、さっきとは別の方角の夜空に向かって、撃つ真似をした。するとケイが一言だけ、言った。
「いいえ、ホーリィ。私がいるのは、そっちの方角でもありませんよ。」
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