ホーリィの意識は暗黒の中にいた。そこでは過去と現在と不確かな未来が隣り合わせに混在し、現実と虚構が継ぎ目なく溶け合っていた。見えるものは全てがはっきりしながらも不鮮明で、触れるものは全てがしっかりとしていながらも、脆かった。ホーリィ自身を含む全てのものが、そこでは混沌としていた。しかし突然一筋の白い光が差し込んだ。
ホーリィは誰かに抱きかかえられている感じがして、目を覚ました。彼のすぐ目の前に、あの彼女の顔があった。灰色の瞳は恋人のように熱心な輝きでホーリィの瞳のそのまた奥を覗き込み、その口元には母親のように慈愛に満ちた微笑みが浮かんでいた。彼女の右手は優しくホーリィの額に当てられていて、彼女の膝はホーリィの上半身を大事そうに抱えていた。ホーリィはなにかを言おうとして口を動かしかけた。その口に彼女は左手の人差し指をやんわりと乗せて、彼の言葉を制した。
「お休みなさい、もう少しだけ。」
彼女の声は心地よくホーリィの心に響き、そして彼を再び眠りの世界へと誘った。
彼は海賊の一団を率いて宇宙空間を放浪していた。彼が乗船しているのは、えらく旧式の宇宙空間用の小型戦闘挺だった。そして彼の仲間の船も皆似たような形のものばかりだった。
ネウインベーグの艦隊だ、と誰かの声がした。彼は左手に握り締めたぴかぴかのスタイルヘルガーメカニカルリボルバーを振り上げて、進めそして壊せ、と仲間に命じた。
海賊の一団は、自分たちの船よりも巨大な戦闘艦艇の集団に突っ込んでいき、思い思いに撃ちまくった。何隻もの戦闘艦艇で爆発が起き、宇宙空間にその中身を撒き散らした。
次に彼は仲間に命じた。宝があったら集めろ、生きてる男はみな殺せ、生きてる女は捨てる前に抱け、さあ逃げろ、と。
周りの海賊どもはこぶしを振り上げて叫んでいた。アクティア万歳、ラヴァクの王万歳、と。
彼は答えた。バラムに幸あれと。
それよりも前の時代。
彼は袋を背負って、仲間と一緒にものすごく古くて狭い宇宙船の通路を逃げていた。
突然目の前に、ラヴァクの衆が立ち塞がった。彼らは低い唸りを発するエネルギー刃の短刀をふりかざし、命が惜しければ、袋を置いていけとわめいていた。
彼は仲間の中から一歩進み出て、袋を傍らに置くと、では命を差し出せば袋には手出ししないのか、と問うた。 ラヴァクの衆は鼻で笑って、そんなことはあるものか、と答えた。
彼は、では契約は成立せぬなと叫び、袋の中をぶちまけた。中身はただの紙くずだった。
ラヴァクの衆は悪態をつくと、宝を求めて走り去った。しかし金銀財宝は、その紙くずに貼り付けられて丸められていた。
仲間は叫んだ。アクティアンカよ、誠お主はビューダンの鏡よ、と。
彼は答えた。バラムよ永遠なれ、と。
さらにそれよりも古い時代。
彼は鎧兜を身に付けて、命乞いする商人の前にいた。 彼は知っていた。この商人が有罪であることを。彼は分からなかった。この商人が善人なのかそれとも悪人なのかを。
あたりから大勢の人々の声が聞こえた。彼らは口々に、罪人に死を、と叫んでいた。
商人は言った。自分には養うべき妻や子や一族がいることを。彼は答えた。君は罪を血で贖わねばならぬと。
商人はまた言った。私の罪が真実であるのかと、それがあなたに分かるのかと。
周囲の声がさらに大きく叫んでいた。罪人に死を、血の贖いを、と。
彼は無言で剣を引き抜き、そして罪人に向かって振り下ろした。
人々は叫んだ、忠信の騎士アクティアヌスよ。貴様はネウインベーグの誉れだと。
彼は答えた。バラムに栄光あれ、と。
ホーリィは夢から目覚めた。
ひんやりとした空気の漂う、白っぽい石造りの部屋の中のふかふかでゆったりとした寝台に彼は寝かされていた。窓はなく、高い天井にあるいくつもの明り取り用の穴からやわらかい光が差し込んで、室内をところどころ照らしていた。
体の所々に、打ち身によるかのような痛みがあった。そして、痛みのある場所には薬が塗られ、その上から白い布が巻かれて手当てされていた。ホーリィは寝台から起き上がり、床の上に降り立った。薄手の白い布でできた、ゆったりとしたローブのようなものを着せられていた。裸足の足に、清潔でひんやりとした石の床が心地よく感じられた。
部屋の一隅の暗がりが突然明るくなったかと思うと、そこにハリーの姿が現れた。
「目覚められたか。なにより、なにより。」
ハリーは嬉しそうに言うと、寝台の傍らに水差しと茶碗を置いた。
「ここは、どこだい。俺はどうなっちまったんだい、ハリー。」
ホーリィは部屋の中をぐるりと見回し、最後にハリーに目線を合わせて言った。
「まずはこちらに。そして、これを。」
ハリーはホーリィを寝台の上に戻すと、水差しの中の透明な液体を茶碗に注いでホーリィに勧めた。その液体はひんやりと冷たくて、水のようでありながら、普通の水よりもよく体に染み込んでいくような感じがした。気持ちが清冽となると同時に気分が和らぐ効果もあるようだった。その間にハリーは部屋の隅っこからスツールをひとつ持ってきて、寝台のすぐ横に置くと、そこに腰を下ろして足を組んだ。
「まず、最初の質問。ここはバラミアの家。オアシスの下に作られた秘密の館。バラミアの外の人はここを知らない。」
「なるほど、秘密の隠れ家ってわけだ。ハリーが俺をここに運んでくれたのかい?」
ハリーは何も言わずに、ただ頷いてみせた。
「教えてくれないかな、あの時何が起きたんだい?そしてそのあと、どうなったんだい?」
ハリーは思い出すようにしながら、ゆっくりと語り始めた。
「火を囲んでいた時、砂の下から何かくるのを感じた。大きくて大勢の気配を感じた。」
「ああ、覚えてるよ。まるで鯨かなにかのようなでかいもんが、砂のなかから現れたんだっけ。」
「あれは機械の乗り物。中にいた、大勢の騎士達。今の世のこの地を統べるものの手先の騎士たちが。」
ホーリィは、はーん、と言って腕を組んだ。
「グランビア軍のなんかだな、要するに。」
「それはあなた方の言い方。でも、きっとそう。あの機械の乗り物が起こした津波で、私たちは溺れかけた。でも、バラミアの人はあのくらいの波なら泳ぐことができる。そして、メルネスが、私の乗り物にして私の友人がみつけた、埋まっていたあなたを。」
「そうか、今度は俺が助けてもらったんだな。ありがとう、礼を言うよ。君と、あと機会があったらその君のお友達にもね。」
ハリーは微笑むと立ち上がり、部屋の奥から衣類の入った籠をもってきた。
「あなたの着ていたもの。口のある腕輪と意志をもつ銃も、ここに。」
「や、ありがたい。白い服もきらいじゃないんだけど、こっちの黒っぽいやつのほうが着慣れていて落ち着くんだよね。」
そういうと、ホーリィはまず通信端末を腕に巻きつけた。
「ホーリィ!あなた今どこにいるの?」
とたんにエスが反応した。
「やあ、ご機嫌麗しゅう、エス嬢。君のすぐ近くだよ。会いたかったかい?」
「通信が途切れて、生体反応が拾えなくなったから、どうしちゃったのかと思ってたわよ。この銃のセンサー機構は旧式すぎて貧弱でちっとも役に立たないし。」
ホーリィはまるで叱られた子供のような顔をして、ハリーのほうを見た。ハリーは驚く様子もなく、ただホーリィにあわせて苦笑いをしていた。
「いい加減、ヤングドワーフのハンドルがなつかしいわね。ねえ、ホーリィ。ヤングドワーフはどうしちゃった訳?ケイとも全然つながらないし。」
「おれのトラック、ええと多分、君らの流儀でいうと、丸い足がついたおれのでっかい乗り物にしておれの友人はどうなったか知ってる?」
ホーリィはハリーのほうを見て尋ねた。
「砂に埋まっていた、ひっくり返って。そして、調べていた、大勢の騎士たちが。」
「まだ、あそこに埋まっているのかなあ。そうっとしておいてくれればいいんだけどな、グランビアの連中が。下手に調べられると、秘密がなあ。」
そこまで言って、ホーリィはふとハリーが目を閉じて、なにかぶつぶつと呟いているのに気が付いた。すぐにハリーは目をあけると、ホーリィを見つめ返して言った。
「ヴォセバラミアが会いたいと言っている、あなたに。」
「誰だい?君んとこのお偉いさんかなにかかい?」
「サシリエル・ミスシリアム・ヴォセバラミア。前に一度会ったことがあると言っていた、あなた自身が。」
ホーリィは、うへえ、と言って続けた。
「あの婆さんかい?なんか気が引けるなあ。でも、まあ聞きたいことがあるからなあ、こっちにも。前の服に着替えてもいいかな。」
ハリーは短く頷いて、着替えが終わった頃に迎えにくると告げ、立ち去ろうとした。
「ああ、ハリー。エスも一緒に連れて行っていいのかな?要するに、これなんだけど。」
そういってホーリィはスタイルヘルガー・メカニカルリボルバーを持ち上げてぶらぶらさせて見せた。ハリーは構わないと言って、扉の向こうに消えた。
「ねえ、ホーリィ。」
着替え始めたホーリィにエスが尋ねた。
「ヤングドワーフの秘密って、一体なによ?」
ズボンのベルトを締めながらホーリィが答えた。
「なあ、エス。誰もいない教会の懺悔室で、神父様を前にしてない時は、秘密ってのは打ち明けちゃいけないもんなんだぜ。というか、君はヤングドワーフの運転手なんだから、説明マニュアルくらいちゃんと読んでおきなよ。」
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