長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第一部


ヤングドワーフ、北上

 よろよろとサシリエルのテントを後にしたホーリィは、ヤングドワーフを呼び戻すと、その運転席に転がり込んだ。
「なあ、エス。俺、どのくらいあそこに居た?」
 ホーリィは、丸一日の間あそこにいて、悪い夢でも見せられたかのような気分だった。
「十五分か二十分くらいじゃないかしら?ねえ、ケイ。」
「ええ、十九分三十七秒ですね。我々と別れてから、呼び戻しの指示があるまでの時間ですが。」
 しばらく沈黙があった。日はまだ高く、半透明のドームに遮蔽された太陽光が、ちょうどいい光量となってあたりに降り注いでいた。しかし、様々な形の家々が立ち並ぶ住宅街であるにもかかわらず、行き交う人の姿はなく、しんと静まり返っていた。
 最初に沈黙を破ったのはエスだった。
「で、ホーリィ、これからどうするの?ともかくヤングドワーフをこのままここに停めておくわけにはいかないわよ。」
 ホーリィは運転席の窓から、サシリエルのテントをじっと眺めた。午後の日差しに照らされた布製の建物は、特に禍禍しいでもなく、さりとて神々しさがあるわけでもなく。周囲の風景の一部となって、何事もなかったかのようにたたずんでいた。
「俺は少し休むよ。エス、このドームの出口の手前あたりまで行って、適当なところで停車して待機していてくれ。」
 そういうと、ホーリィは、のそのそと移動して運転席の後方のハッチを開け、トラックの居住区画のほうへと向かった。

 どっしりとした疲労感にのしかかられて、ホーリィはベッドにもぐり込んだ。
「なあ、ケイ。いるかい?」
 ケイは居住区画の照明を暖色系にライトダウンさせながら、答えた。
「いますよ、ホーリィ。なんですか?」
「ハムザニガンの言ってた、西のほうにあるなんとかっていうオアシス完備の岩棚、あそこの上空に衛星を回して地表の状況を精査しておいてくれないかな。」
 普段とは違う力のない声で、ゆっくりとホーリィは言った。
「グレートロックフォレストですね。わかりました。」
 ホーリィは疲労からくる眠気に最後の抵抗をして、付け加えるように言った。
「それと、さっきのサシリエルと俺のやりとり、記録されてるかい?」
 ケイはしばらく、なにかじっと考え込んだかのような間を置いて、それから困惑したように行った。
「ホーリィ。通信端末経由の情報はすべて記録しています。ただ、あなたが望んでいる記録内容が、サシリエル・ミスシリアムとの会話だとすれば、それは記録されていませんよ。なぜなら、あのテントに入ってからあなたは誰とも会っていないからです。記録されているのは、あの建物の中でのあなたの移動経路と、時々一方的に発していたあなたの音声、それから激しく乱れた心拍数や脳波といったあなたの生体データだけです。」
 ホーリィはもうこれ以上はなにも驚かんぞと思いながら目を閉じ、もういいや、と小さく呟いた。そして、彼の意識は、眠りの淵へと潜行していった。

 ヤングドワーフは、来た道を戻るようにして主街路に出ると、そのままハムザニガンの補給施設の前を素通りし、やがて、ハモン小集落ドームのゲート前に到着した。ゲートのすぐ傍に広い駐車スペースがあり、数台の車両がそこに止まって、広大な大砂海を行き交う間のちょっとした休憩にひたっていた。ヤングドワーフはそれらの車両からすこし離れた一角に滑り込むと、動力ジェネレータを停車状態にし、十二個ある外輪すべてをロックダウンした。


 ホーリィが空腹で目をさました時、日はすっかり落ちて夜のしじまがあたりを包んでいた。
「今、何時?」
「真夜中よ。」
「二十六時三十八分です。」
ホーリィの問いにケイとエスが同時に答えた。ホーリィはベッドから這い出すと、部屋の隅に据え付けられたロッカーを開けて、おなじみの牧童印のバランスレーションを取り出して、紐をひっぱった。
「ケイ、衛星の精査結果は出てるかい?」
 ホーリィは、出来上がった簡易食品の袋を破ると、直接そこから食べ物を口に運びながら言った。
「グレートロックフォレスト周辺ですよね。何が知りたいですか?」
「バラミア人のキャンプかあるいはその痕跡みたいなものがあるかどうか。」
そういうとホーリィは、食べ物の残りを口の中に掻き込んだ。
「そういった類のものはグレートロックフォレストの周囲50キロメートル以内には見当たりませんね。」
ホーリィは、バランスレーションをもぐもぐしながら運転席に戻ってきた。そして、よいしょと運転座席に腰を下ろすと、さて行きますか、と言って、チャーチル&キッシンジャーに火をつけた。
「行くのはいいけど、ホーリィ。行き先を言ってくれない事には、どうしていいか分からないわね。」
 そう言いながらもエスは、ヤングドワーフの外輪ロックを解除して、動力ジェネレーターを外輪駆動軸に接続させた。唸るような振動が車体に戻ってきた。次いで車載ライトが点灯し、前方を明るく照らした。暗闇の中で眠っていたヤングドワーフもまた、目を覚ましたかのように見えた。
 ホーリィはしばらく、うーんと唸りながら考え込んでいたが、やがてにやりと笑うと一言いった。
「北だ。」
そしてその後、独り言のように付け足した。
「しょうがないからな。」

 ヤングドワーフはゆるゆると走り出し、ゲートを通り抜けると、北にむけて少し進路を変更した。巡航速度に達したころ、エスが言った。
「北っていっても、いろいろあるわよ。目的地は特にないわけ?」
 ホーリィは、ふうっと一息煙を吐いて答えた。
「なにかイベントがあるらしいんだ。それにぶつかるまで、とにかく北だ。障害物がある時以外はね、エス。」
 ヤングドワーフが北へ向かってしばらく進んだ頃、そういえば、と言いながらケイが口を開いた。
「気になるニュースをクリップしてあるんですがね、ホーリィ。グランビア砂漠地帯方面軍が、大規模軍事演習を行うようですよ。」
 ホーリィは、ほう、と言って続きを促した。
「グランビア01からグランビア18までの全ての駐屯軍が参加するみたいですね。陸海空の三軍に加えて、特殊部隊も出るようです。もっとも、この場合の海軍というのは、グランビア砂漠艦隊の事ですが。」
 ホーリィは寝起き二本目の葉巻に火をつけながら言った。
「なんだい?その砂漠艦隊ってのは?」
「まあ、簡単に言うと、砂漠用の超大型車両部隊の軍組織が、海軍と呼ばれてるようですね。そのくらいの大きさになると、陸面浮動方式も外輪方式もとれませんからね。船舶のように砂に半分埋まりながら進む方式になるので、そう名づけたのでしょう。実際、航空母艦とか艦砲射撃用の戦艦みたいなのとか、高度警戒防衛艦とかあるようですよ。潜水艦まであるのかどうかは知りませんが。」
「なんとも、軍事マニアは大喜びだな。で、どんな内容なんだい、その演習は。」
「当局発表の記事によれば、それぞれの方面部隊が、担当区域で演習行動をしつつ、連携をとってグランビア砂漠全体を周回するようですよ。」
「まるで、広い砂場で探し物でもするような動きだなあ。」
そういうとホーリィは自分の言葉にはっとさせられた。
「そうか、探し物を開始したってことか。ケイ、その作戦行動の全容を入手できないかな。ほれ、その、なんていうか、いつものやり口で。」
ケイはつとめて慎重なもの言いを返した。
「そのいつものやり口っていうのは、不正侵入のことですよね、ホーリィ。今回の相手は、グランビア軍当局ですよ。ユニオンとグランビア統治府の間の深刻な外交問題に発展しかねませんが。」
「どうせ、ユニオンの情報分析の部局が大なり小なり似たようなことをしてると思うぜ、ケイ。まずは、そのへんをつついてみてくれないかな。それで内容に満足いかないようなら、そこにお願いしてみたらどうかね。ランキング・ゼロの仕事で必要な情報だとかなんとか言ってさ。そしたら、外交問題にならないようにうまくやろうとするだろ、そこの誰かが。」
あきらめ声でケイが言った。
「わかりましたよ、ホーリィ。ユニオンの第三情報分析課で、知り合いの擬人化プログラムが働いてますからコンタクトをとってみますよ。」

 それからしばらくして、ケイから報告があった。
「第三情報分析課が動いてくれるそうですよホーリィ。しぶしぶながら、ですが。」
「しぶしぶとはいえ、随分と今回は話が早いな、彼等。」
「最終的には私じゃなくて、エスが説得、というかごり押ししたんですけどね。まったく彼女の交渉力には脱帽ですね。帽子を被ることができればですが。」
「あら失礼ね、ケイ。単に彼らはレディのささやかな希望に誠意で答えてくれただけじゃない。」
「ま、お礼をいいますよ、エス。本当に。ただ、あのやり方がレディにあるまじきかどうかについては、バックグランドで議論することにしましょう。」
 二人の擬人化プログラムはそういうと黙り込んだ。ホーリィは、奴ら結構気があってるなと思うと妙におかしくて、にやにやしていた。


 それから二日後の夜、変わり映えのしない星明りの砂漠の中をヤングドワーフは北上し続けていた。あれから特に何事もなく、ホーリィは退屈な時間を持て余していた。時々、ケイを相手にチェスに似た陣取りゲームをしたり、経過報告をミハエルに送信したり、たまに、ユニオンインターエクスチェンジ網の大人向けチャンネルにアクセスしたりして時間を潰していた。情報分析部局からの報告はまだ何もなく、サシリエルが示唆した何かの出来事らしきことにもまだ遭遇していなかった。
「いちおう、一通りの材料は出揃ったようなんですけどね、ホーリィ。」
 ヤングドワーフの運転席で、ケイが情報収集課の彼の友人の話をホーリィに伝えていた。
「それぞれの内容のスクランブル解除と復元に時間がかかっているようですよ。解析担当プログラムが総動員で現地のコンピュータ資源を食いつぶしているようですが、それでも足りなくて会計監査局の使ってない端末の空いてるタスクまで借りているみたいですね。それから情報の評価と統合、そして要約のための作業が入りますから、もう少し時間がかかるでしょうね。」
 ホーリィは大きな欠伸をしながら、答えた。
「なんか、大仕事になってるなあ。」
「関連してそうなファイルを洗いざらい複製して来たみたいですよ。まるで、トラックで乗り付けて家具や調度品を一切合財持ち出した泥棒状態ですよ。どうやって扉をこじ開けて、どうやって短時間にそんなに持ち出したんですかね。あとでやり方を聞いておかないと。」
「あいかわらず仕事熱心だね、ケイは。」
「前になんかいるわね。」
ヤングドワーフを運転していたエスが突然張り詰めた声を出した。
「10キロメートル前方を、非常に大きなものが東から西へゆっくりと移動しているわ。このままいくと、かすめるか、衝突するかのどっちかね。精査する?」
「ああ、たのむ。」
 そういいながら、ホーリィは携帯端末を手首に巻きつけ、銃のはいったショルダーホルスターを肩に吊り、なにか不測の事態が起きてもいいように最低限の用意をした。
「虫の群れだわ。何かを追っかけているみたいね。群れの前方に動物に乗った人間がいるわ。明らかに逃げてるわね。これが、例のイベントってやつかしら?」
 エスに続いてケイが言った。
「その昆虫は、サベイラス・アングビニヌス・グランビア。グランビア砂漠に広く分布する夜行性で肉食のとても固い殻を持った甲虫ですね。それと、熱源などのエネルギーに反応して、ものすごいスピードで飛びついてくる習性があります。時々、輸送車両が穴だらけにされる事故が起こりますが、この虫が原因ですね。」
「とにかく、放っておけば、逃げてる人は食われちまって、そこに突っ込んだヤングドワーフは穴ぼこだらけにされちまうって事だな。分かった。エス、ケイに運転を代わってもらえ。そして君はスタイルヘイガーに移れ。」
 そういうとホーリィは、立ち上がって、ゴーグルで目の辺りを覆い隠すと、運転席の天井にある上部ハッチを開口した。
「ちょっと待って、ホーリィ。その銃の転送レートが低すぎてあと15秒くらいかかるわ。」
 エスはそう言いながらも、旧式のメカニカルリボルバー銃に対して、自身の転送を開始した。
「早く来い、エス。急げ。」
そう言うとホーリィは、ハッチから上半身を乗り出して、前方を見やった。星明りの下、黒い雲のような塊がもわもわと形を変えながら左に向かって移動していくのが夜目にも見えた。ゴーグルのスイッチを投入し、さらにズーム調整を行うと、光量が増感され、細い四つ足と長い首をもつ獣にまたがった人物が、必死になって虫の群れから逃れようとしている様がはっきりと見えた。
「オーケー。転送完了したわよ、ホーリィ。それにしても、ここは狭いわね。それと随分簡単な造り。」
 ホーリィは、ショルダーホルスターからスタイルヘルガーを抜くと、その後部の遊挺を引っ張って放した。チャーンという金属音が響き、輪転式弾倉から、弾薬が一発、薬室内に装填された。それからホーリィは、スタイルヘルガーの狙いを虫の群れの先頭の辺りに定めた。
「エス、ダメージ最優先、射程距離最短で頼む。」
「オーケー。射撃モード変更完了。でも、これじゃまだ届かないわよ、ホーリィ。」
「射程距離三秒前からカウントしてくれ、エス。」
 そういうとホーリィは、銃把を握った右手にしっかと力をこめて前に突き出し、その上にかぶせた左手をぐぐっと自身のほうに引きよせた。左手人差し指は、銃本体から張り出して引き金を守るように囲んでいるトリガーガードに添えられていた。前後から両の手で万力のように挟まれたスタイルヘルガーは、しっかりと目標を見据え、そしてそれを追っていた。
「射程距離に入るわよ、ホーリィ。三、ニ、一。」
 エスのカウントゼロの掛け声と同時にホーリィは、引き金を引いた。しゅおんという発射音とともに四十八口径ショートミサイルカートリッジから自走弾頭をはじき出したスタイルヘルガーは、発射の反動でホーリィの頭の真上まで跳ねあがった。ホーリィはその位置で引き金にかけていた右手人差し指以外の力を抜いた。押さえを失ったスタイルヘルガーは、くるりとホーリィの頭上で一回転して、発射の反動をすべて解放し、そして、またホーリィの目の前にすうっと降りてきた。放たれた自走弾道は、推進剤を撒き散らしながらゆるく弧を描き、目標物に向かって針路を補正しながら進んでいた。次いで、ホーリィは、群れの中心部に一発、後ろのほうにもう一発を放った。
 群れの先頭部で、赤い火球が炸裂した。群れの中央で、そして群れの後尾で別の火の玉がそれに続いた。爆心点とその周辺にいた何百という甲虫が焼け落ちた。しかし、その何倍もの数で構成された虫の群れとして見れば、まったくの無傷だった。そして彼らは唐突に飛来して来たエネルギーの先にある、より大きな熱源の存在に気がついた。
 今度はホーリィが弾幕の洗礼を浴びる番だった。何千という生きた弾丸は、即座に進路を南にとると、猛スビードでヤングドワーフめがけて飛来してきた。
「全方位にリフレクトシールドだ、ケイ。出力全開、ヤングドワーフが止まっても気にするな。」
ケイはヤングドワーフの動力ジェネレーターの出力すべてを防衛壁置に振り向けた。十二個の外輪が突然力を失って空転した。それと同時にヤングドワーフを包むように、その周囲に青い光の壁が出現した。
 ホーリィは思わず、スタイルヘルガーを持ったままの右手の腕で、自分の視界を覆うようにして、腰をかがめた。
 大きな雨粒が、激しく屋根に打ち付ける時のような音が続いた。甲虫たちは次々と防衛用のエネルギー障壁に押し寄せ、自らの運動エネルギーを自らの小さな体に受け止めて、つぶれくだけて、地に落ちた。
 しばらくして、あたりが静かになった。移動ための動力源を遮断されたヤングドワーフもまた、運動エネルギーを砂面との摩擦で失うと、ゆっくりと停止した。ホーリィは右腕を下ろし、運転席の天井にのぼると、後ろを仰ぎ見た。赤い砂の上に残されたヤングドワーフのタイヤの轍に沿って、地に落ちた甲虫の残骸が、黒い帯道のように続いていた。
「試作車両とはいえ、さすがだな。」
 ホーリィはため息をひとつつくと、誰に言うでもなく呟いた。
「ねえ、ホーリィ。」
 不意にエスの声がした。
「もう、戻ってもいいかしら。この銃の性能は気にいったけど、この銃のあたしの居場所は、すごく狭くて窮屈なのよね。」


Prev | Top | Next