長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第一部


ハモン小集落へ

  三日後の早朝、まだ太陽がようやく地平線の彼方に姿をあらわした頃、グランビア16の南門からゆっくりと走り出てくるヤングドワーフの姿があった。運転席には、数日前より明らかに褐色の肌になったホーリィがいた。
「新しい体の具合はいかがです、ホーリィ?」
ホーリィは葉巻に火をつけながら答えた。
「なんていうか、変だよ、ケイ。いつも、はじめはそうだけどね。なんか、考えて動かすまでに一呼吸ある感じなんだなあ。それとあれだね。のどがあまり渇かなくなったよ。」
 そういうと、ホーリィは葉巻をくわえたまま、運転席の中にあるクーラーボックスに手を伸ばして、缶ビールを取り出すと、トップボタンに右親指をあてて開栓した。
「言ってることとやってることがちがいますが、ホーリィ。」
「うん、ビールと水は違うもんなんだよ、ケイ。それにビールといっても、こいつはグランビア16のブルワリーのやつだからな。そんじょそこらのビールよりも、はるかに、まずい。」
 そういうとホーリィはごくごくと喉を鳴らしてビールを飲み、それから窓の外をながめた。砂漠の中の軍事都市は、見る間に後方に小さく去り、ヤングドワーフは数日前と同じように、大砂海の中の頼りなげな小さな存在となった。ホーリィがもう一口、まずい缶ビールを飲もうと口に運んだとき、ヤングドワーフが大きく左にハンドルを切った。
「ぶわ。ビールこぼしちまったじゃないか。なにごとだい、ケイ?」
「いいえ、わたしよ。エスよ。」
運転席に中に、突然聞きなれない女の声が響いた。
「お?はじめまして、エスさん。で、君は誰だい?」
ホーリィは、膝の上のビールを右手で払い落としながら言った。
今度は、聞きなれたケイの声が答えた。
「紹介しますよ、ホーリィ。彼女は、この前支給されたアシスタントの擬人化プログラムです。名前はエスといいます。」
「エスか。おれはホーリィ・アクティア、よろしくな。しかし驚いたね。キャラクター設定が初期化されてなかったのかい?」
「あら、お気に召さないかしら?」
と、エスが挑発するような口調で言った。
「いいや。にぎやかになっていい感じだ。ウエルカム。ところで、今の急カーブとエス娘のご登場がなんか関係してんのかい?」
今度はケイが答えた。
「今後の事もありますから、説明しておきますよ、ホーリィ。私たち擬人化プログラムが複数動作している場合は、プログラム間通信で、合議した上でいろいろな事に対処するようになっています。もちろん、合議といっても、ものすごく高速に会話するわけですが。それで、今回の場合、彼女は私のアシスタントですから、本来的には私のほうが権限が上になってます。が、その、なんと言いますか。彼女は交渉力が強いんですよ。専門的に言うと、擬人化プログラムの学習ルーチン部の個性化現象のひとつなのですが。」
ホーリィはケイの説明に大笑いしながら言った。
「要するにエスはケイより押しが強いってことかい?」
「ええ、まあ、そういうことです。押しも強いし気も強いですね。ですから、状況判断の最適解がエスの提案内容だった場合、ヤングドワーフはとてもエス的な動きをする訳です。ちょうど、今みたいな感じで。」
「なるほど、じゃあエスに説明してもらおうか。左急旋回の理由をね。」
ホーリィは、まだ可笑しさが後をひいていると見えて、くっくっくと笑っていた。
「抜け道があるのよ、ケイは知らなかったみたいだけど。今はともかく、ハモン小集落に行きたいわけでしょう?だから、ケイにハンドルを譲ってもらったのよ。」
「なるほど。じゃあよろしく頼むよエス。しかし、ケイ。これから先大変だな。せいぜい彼女の尻に敷かれないようにがんばらないとな。」
ケイは、もし笑えるものなら笑いたいといった風情で言葉を返した。
「意外に私も楽しんでますよ、ホーリィ。彼女とのやりとりをね。」


「もう着くわよ、ホーリィ。」
エスの言うとおり、ヤングドワーフはまもなくハモン小集落の群落境に至ろうかというところを走行していた。あれから丸一日とちょっとの時間が経っていた。ホーリィは運転席で、ぐうぐうといびきをかいていた。
「ホーリィ!起きなったら!」
エスの一喝で、ホーリィはようやく目を覚ました。
「勘弁してくれよ、エス。君の荒っぽい運転と、君のお薦めの足場の悪い抜け道のおかげで、俺は昨日の夜あんまり眠れなかったんだぜ。ちょっと一回停めてくれないか。」
 ホーリィの指示でヤングドワーフは減速し、やがて停車した。ホーリィはチャーチル&キッシンジャーに火をつけると、それをくわえて、運転席のハッチを開けた。とたんに熱くゆだった空気が運転席の中へと流れ込んできた。
「ちょっと、ちょっと、なんのつもり?寝ぼけて取り返しのつかないことしてるんじゃない?あ、ちょっと待ちなさいよ。」
エスの静止も聞かず、ホーリィは焼け爛れた砂の上に降り立ち、ハモン小集落の方を見やった。ゆらゆらとした大気の向こう側に、グランビア16をとても小さくしたような半透明ガラスのドームが見えた。さらにホーリィは辺りを見まわした。ハモン小集落のほかは、果てしなく続く赤い砂と、ぼこぼこ突き出た岩たちが見えるばかりだった。ホーリィは自分の体からどんどん水分が抜けていくのが感じられた。毛穴から吹き出る水蒸気がともすれば見えそうなくらいだった。ホーリィはおおきな伸びをして、さて、と言うと、ヤングドワーフの運転席に駆け上がった。
「気は確かなのホーリィ。そんな軽装備で外に出るなんて。」
エスは責めるように言った。ホーリィは缶ビールを取り出して、栓を開けながら言った。
「寝起きのサウナ風呂って感じかな。ケイ、時間は?」
「二分四十三秒ですね。エスには今の行動の意味を説明しときましたよ、ホーリィ。」
ホーリィは一気に缶ビールを空にし、もう一缶に手を伸ばしていた。
「あきれたわね、ホーリィ。そんなやり方で肉体最適化の評価をするなんて。」
ふうと口をぬぐいながらホーリィが答えた。
「でも、合理的だろ?ついでに、寝起きの体もしゃっきりとしたし。さて、エス。ハモン小集落にはいろうか。中にあるハムザニガンの補給施設にいってくれないかな、安全運転で。」
ヤングドワーフは再び走りはじめ、ハモン小集落のドームの中に消えていった。



「なんでか、またねぇ。いろんな人がその話でおいでなさる。ユニオンの旦那で二人目だで。」
 ハムザニガンは太った体をゆすりながら、ホーリィの前に砂漠地方特有の熱い飲み物の入ったカップをおいた。
「二人目?他にも誰か来たのかい?」
ホーリィはハムザニガンにチャーチル&キッシンジャーを一本差し出しながら言った。
「やあ、旦那こりゃ、どうも。うれしいねえ、わしらの事を良く知ってなさる、近頃のユニオンの旦那衆の中では最もご立派なお方だで。何日か前に補給で寄られた時には、お忘れだったようだけんど。」
「ああ、ごめん。あの時は知らなかったんだよ。これは、その時の分だよ。」
 ホーリィはもう一本差し出した。ハムザニガンは一本を頭に巻いた布の中に大事そうに仕舞うと、残りの一本のフィルムを破ってすいはじめた。ホーリィは目の前の茶色の飲み物を一口すすった。とても苦くてとてもこくがある飲み物だった。
「おお、こりゃ逸品だよ。こんな煙草ははじめてだよ。」
ハムザニガンはもうすっかり有頂天になって、話を続けた。
「はて、あれはたしか、そうそう、旦那が補給でここに寄られた翌々日くらいだったかな。男が一人きただよ。なんていうか、こう目つきが鋭くて気持ち悪くてなあ。あん人の先祖は砂蛇かなんかにちげえねえ。ほんでよ、着てる服こそ、わしらとおんなじようなもんだったけんど、わしは、あん人はグランビア軍じゃねえかと思っとるだよ。ああ、絶対そうにちげえねえ。この辺じゃみかけねえようなエアバイクにのっとったしよ。しかし、この煙草は逸品だよ。」
 ホーリィは珍しく自分では葉巻に手をつけず、ハムザニガンに話の続きをうながした。
「あん人は、うちの監視装置の映像を持っていっただよ。あん人と、今、旦那がお尋ねのその女の人が映ってた映像だよ。ただ、わし自身は女の人を見てるわけじゃないからなあ。それ以上はなんもなかったなあ。」
そういうと、ハムザニガンは、もわっと煙を吐き出した。
「でも、おまえさんもその映像は見たんだろ?おまえさんからみて、彼女はどういう風にみえたか、教えてくれないかな。」
そして、ホーリィは飲み物をもう一口すすった。最初は苦いだけに思えたが、飲み慣れるにつれ、だんだん隠れていた他の複雑な味がわかってきた気がした。
「そんだねえ、ま、一目でバラミアの人っちうのはわかったわな。仕草振る舞いから着てるもんまでバラミアの人だで。でも、このへんのバラミアの人じゃないかも知れんで。もうちいっと遠くのほうのバラミアの人かもしれん。なんか、こう、このへんのバラミアの人とは違う感じがしたんですわ。でも、旦那。その映像ちうのも遠目に映ってるだけだで、よく分かりませんですわ、へい。」
 ホーリィはヤングドワーフに残っていた彼女の記録映像を、手首に巻いた携行端末に表示して、ハムザニガンに見せた。
「こりゃ、またえらいべっぴんさんですなあ。砂金が流れる美しさってなあ、こういうことなんでしょうなあ。旦那方が一生懸命お探しになる理由がわかりましたわ。はあ、こん方は、バラミアの人の中でも、お偉い部類にはいる方ですな。こんな首輪はふつうの人はしてねえですよ、旦那。わしは何回か、バラミアの人のお偉い部類の家族の方と会ったことがありますが、そういう方々でねえと、こういうもんはしてねえですよ。」
「そういう方々は、どこにいけば会えるかな?」
 ホーリィの質問に、ハムザニガンは、ううん、と唸って腕を組み、大きな腹をつきだして、天井を見上げた。
「さいですなあ。お偉い部類の方々に限らず、バラミアの人がたはいつも大砂海を旅されてますからなあ。この季節ですと、どのへんにおりますかなあ。ああ、そうそう、こっから西へ500キロメートルほど行きますと、大きな岩棚の真中にちょっとしたオアシスがありましてな。わしらはグレートロックフォレストと呼んでおりますがの。この時期、そのあたりで、バラミアの人がたのキャンプをみたことがありますな。バラミアの人がたのことをもっとお知りになりたければ、サシリエルのおばばを訪ねなさるとええですわ。この集落の西のはずれに一人で住んでおりますで。ただ、ちいっと変わり者だで、もし旦那のお気に障るようなことがあっても、このハムザニガンを恨まねえでくだせえよ。でも、旦那のその葉巻があれば、悪いようにはならねえでしょうよ。」
「ありがとう。後で訪ねてみようかね。ところで、話は彼女のことに戻るけど、もしかすると、まだこの辺にいたりするのかな。どう思う?」
 ハムザニガンは空になったホーリィのカップにもう一杯、飲み物を注ぎ足しながら言った。
「こんなべっぴんさんですからなあ。この狭い集落におられるなら、なにがしかの噂話にのぼると思うんで、へえ。でもそんな話はちいとも聞いとりゃしませんで。でも、あれですなあ、乗り物なしで大砂海へ出て行くちゅうのも、そりゃできない相談でごぜえましょ?言われてみると不思議なこって。」
「前に来た男はなんか言ってなかったかい?」
「いや、旦那。あん人は本当にただ監視装置の映像を持ってっただけでして。煙草もくれねえ、燃料を補給するわけでもねえ、ほんとにただそれだけでして。話も、これこれがあるだろよこせ、みたいな、ほんとにそんだけで。」
「そりゃまた随分横柄だな。よく、素直に映像ファイルを提供する気になったもんだ。」
「へえ、旦那。こんな辺鄙なとこで旅人相手の商売をしてますと、人を見る目だけは養われるもんでごぜえますよ。ハムザニガンの目には、こりゃ逆らうとあとで大変なしっぺがえしがくるぞ、こん人は、って風に見えたわけでして。」
 それから、ホーリィは、もう一杯、茶色の熱い飲み物を飲む間、ハムザニガンと四方山話を交わしたあと、礼を言ってそこを立ち去った。

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