長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第一部


サム爺さん

 それから二時間ばかりして、荷物を抱えたホーリィがヤングドワーフのところに戻ってきた。ホーリィは運転席にのぼると、助手席の上にそれらの荷物をどさっという音とともに置いた。

「おかえりなさい、ホーリィ。それはなんです?」
運転席の中にケイの声がどこからともなく響いた。
「今回の仕事につかう支給品だよ。まず、これな。おまえさんの相棒。このあたりの仕事ばっかりやってたトラッカーが使ってた擬人化プログラムだそうだ。あとで、装填してみよう。」
そういって、ホーリィは黒くて薄い金属のボックスをつまみあげてひらひらさせてみせた。
「それからこれは、グランビア公用語と現代バラミア語の幾つかのバージョンのトランスレーター回路。あとで、医療施設にいって埋め込まなきゃな。それから、このずっしりした箱はなんだ?ああ、弾か。しかし、四十八口径のショートミサイルカートリッジなんてよくあったな。かなりの年代ものだな。しけってなきゃいいけどな。」
「ストックセクションのスタッフは、その年代ものを何に使うのかと思ったんじゃないですかね、ホーリィ。いまどきその弾を打ち出せるメカニカルリボルバーを愛用している人がいるなんて、思いもよらないでしょうから。」
ホーリィは運転席のロッカーから不燃紙の包みをとりだし、そうかもね、と一言いうと、それをほどいた。中から皮製のショルダーホルスターと、そこに収納されハンドガンがあらわれた。
「先祖伝来のスタイルヘルガー四十八口径リボルバー。メーカーは四世紀も前に倒産しちゃってるからなあ。でも俺はこれが電子デバイス対応のメカニカルリボルバーの中では最高傑作だと思うね。何度も言ってることだけど。」
そういうとホーリィはスタイルヘルガーを簡易分解し、各部の点検を始めた。
「百三回目の最高傑作発言ですね。でも装弾数六発ってのは、不安じゃないんですか、ホーリィ。」
ホーリィは銃身を覗き込んで中の摩滅具合を調べながら言った。
「相手が六人以上の場合は、撃ち合うより逃げたほうがいいんだよ、ケイ。そうそう、サム爺とのコミュニケート回線を開いてくれないか。発注したいもんがいくつかあるんだ。」


 ほどなくして、表示装置に長い白髪と同じくらい長くて白い髭、しわくちゃでやせっぽっちの老人が現れた。
「相変わらずそんな玩具で遊んでるのかホーリィ?ブラグスター社の最新型のブラスターガンが入荷しとるぞ。そんな骨董品は下取りに出して、こっちに乗り換えたらどうじゃ?安くしとくぞ。」
ホーリィは表示装置のほうは見ようともせず、スタイルヘルガーを組み立てなおしながら、言った。
「やだよ。これ下取りに出したら、即オークションにかける気だろ?俺のスタイルヘルガーはまだまだ悪者と闘いたいってさ。コレクターの収集ロッカーの中におさまるのはまっぴらだって、そう言ってるよ。ところで、救命キットの支払いの件だけど、もうちっと安くしない?」
表示装置の中のサミュエル・ヘイガーは万歳するように両手を上げると言った。
「どこをどうしたら、そんな台詞がでてくるんだね、ホーリィ。あの時の調達作業では、衛星トランスポーターの帯域確保やら余計な仕事でさんざんじゃったわい。そんくらいは分かってもらわんとな。」
スタイルヘルガーを組み立て終わったホーリィは、ミハエルからせしめた葉巻の最後の一本に火をつけながら、ようやく表示装置の中のサムを見た。
「あいかわらず、魔法使いっぽい格好だなあ、サム爺。俺は無茶いってるわけじゃないぜ。そのかわり、でかい別件を発注するからさ。ユニオン財務局に請求書を送れる発注だよ。」
サムはとたんににこにこ顔になった。
「ほお、さすがわしの見込んだ男よのう。でもな、ホーリィ・アクティアよ。神代の時代から、商取引とは契約と信用のことよ。まず、発注の前に清算じゃよ。ほれ、つべこべいわんとクレジットデバイスを出さんかい。税金分はまけてやるから。」
 ホーリィは仕方なく薄いカード状の装置を取り出すと表示装置の前にそれをかざし、次にケイに支払い指示を口頭で出した。サム爺さんは手元の卓上電子計算機のような装置をじっと見て、なにかもごもごと言った。ホーリィは聞き取れなかったが、毎度あり、と言ったにちがいないと思った。
「して、ホーリィよ。今度は何をお買い上げいただけるのかな?」
ホーリィはケイに発注リストを転送するように指示をした。サム爺さんは、眼鏡をとりだして、魔法使いのような鼻にのっけると、彼ご愛用の、分厚い辞典のような端末装置を開いて、何ページもある薄い表示装置をぱらぱらとめくり、ほうほうほうという声を出した。
「なんじゃい?このチャーチル&キッシンジャーのハイグレードちゅうのは?」ホーリィは短く、葉巻だよ、と答えた。「んなこた知っとるわい。こんなに大量になにすんじゃ、と言ってるんじゃよ。」
ホーリィはぷうっと煙を吐いて言った。
「この辺りじゃ、親愛のしるしに煙草を贈る習慣があるんだってさ。こんどの仕事で友達いっぱいつくろうと思ってね。その発注、最優先で処理してくれないかな。なにしろ、今、最後の一本に火をつけちゃったから。」
「しょうがない悪党だな、おまいさんも。いいじゃろ。衛星が確保できたたら三十分以内に転送してやるよ。それから、ふんふん、DNAトランスミューターがリストにのっとるな。肉体の最適化かの?今、新製品でDNAモーファーちゅうのがあるぞよ。これは、変化後のDNAを表層的にシミュレートするものでな。いままでみたいにオリジナルDNAをバックアップしなくても済むんじゃよ。そのかわり効果の持続時間は若干短くなるが、DNA書き換えなしの非破壊方式じゃから、安全性は抜群で、しかも再細胞化促進ユニットを併用すれば効果は数分で現れる。入院せんでもええちゅうことじゃ。おまいさん、病院は嫌いじゃったな、うん?」
こんな調子で商談は延々三時間にもおよび、ようやく話が一通りまとまった。
「ああ、そうだ。ユニオンから衛星を一個借りたんだよ。トランポートチャンネルはこいつを使ってくれるといいな。ケイ、サム爺さんにアクセス方法教えてあげてくれ。」
と、ホーリィは思い出したように言った。
「ほう、衛星ひとつあてがわれるなんて、おまいさんも出世したもんじゃな、ホーリィ。そうでなきゃ、これはかなりやばい仕事ということかな。せいぜい気をつけてな。なんなら、DNAバンクの口座と肉体喪失時の回復保険というのも扱ってるが、どうかの。」

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