長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第一部


活動計画

 夜もふけた頃、ホーリィはユニオン陸運施設内にある、自分に割り当てられたゲストルームに居た。
 山羊の肉に似た感じの、この惑星の固有家畜種の肉料理を主体とした晩飯をたっぷりのビールとともにしこたま胃に流し込んだ後、バスタブに張ったぬるい湯の中に体を横たえていた。

「で、おまえさんはどう思うね、ケイ。」
ホーリィの声は、手首に巻きつける方式の通信端末装置を通じて、ヤングドワーフのケイとつながっていた。通信端末は、今ははずされてバスルームの中の隅っこにしつらえられたもの入れの中に放り込まれていた。
「今回の仕事を遂行するにあたって必要な事をリストアップしましたよ、ホーリィ。まず、肉体を砂漠地帯で活動しやすい状態に適正化する必要があります。次にこのあたり一帯で使われている言語体系の習得が必要ですね。それから、接触する可能性のある集団社会の文化や習慣を把握しておくことも重要です。あとは、職務遂行に必要となる物資の調達ですが、これは活動方針によって影響を受ける部分ですから、まず方針を先に決めるべきでしょうね。」
 ホーリィは両方の手のひらで湯をすくいあげると、顔にこすりつけながら、答えた。
「まず、彼女が行方をくらました地点まで戻ってそこから足取りを追うことにしよう。そこから先の展開は当たって砕けろ、だな。」
「いつものパターンですね、ホーリィ。ということは、私流に言わせてもらえば、何に備えていいかわからないってことです。少なくとも衛星トランスポーター装置は必須ということは分かりましたよ。それさえあればサミュエル・ヘイガー商会からその都度必要な物を取り寄せることが出来ますからね。支払いトラブルさえ起こしていなければ、ですが。ただ、タイミングよく衛星のトランスポート帯域が確保できるかという問題がありますね。いっそ衛星を一つ丸ごと占有確保することはできないですかね。」
 ホーリィは湯から上がり、肌触りの良い大きなバスタオルで頭をごしごしと拭きながら言った。
「ランキングゼロの仕事だからなあ。大概の要求は通るんじゃないかな。おまえさんのアップグレードとかも、この際だからやっちゃうかい?」
「私は現行の最新ヴァージョンですから、それは心配におよびませんよ、ホーリィ。ただ、アシスタント・プログラムがあるといいですね。このへんの地域で使い込まれた擬人化プログラムが一人いると、私はずいぶんと助かりますね。」
 ホーリィは部屋の隅にある小型の冷蔵庫を開けて赤い星と青い三日月のマークのビンビールをひとつ取り出し、スクリューキャップをひねった。
「わかった。それも計画書に記載しといてくれ。」



 翌日、太陽がほぼ真上に昇った頃、ホーリィは再びミハエルに呼び出された。
「君の提出した活動計画書は大筋で承認された。しかし、最後に確認したいことがあるんだがね、ホーリィ。」
ミハエルは昨日同様、自分の執務机に浅く腰をかけるようにしながら、応接セットに座っているホーリィを見て言った。
「ええと、どんなことでしょう。」
ホーリィはそういうと、卓上の葉巻入れの蓋を開けながら、ミハエルを見返した。ミハエルは右手を差し出してどうぞご自由にといった感じの仕草をした後、ホーリィの計画書、正確にはホーリィの発言をケイが要約して書式化した書面を見ながら言葉を続けた。
「まず、車両の調達要求がないが、これはどうしてかね?」
ホーリィはうまそうに煙を口から煙をたちのぼらせ、答えた
「いつものやつで行こうかと思いまして。」
ミハエルの目にちょっとした驚きが浮かんだ。
「いつものやつとは、君のあのトラックのことかね?ちょっと待ちたまえ。」
そういうとミハエルは部屋に命じて、ヤングドワーフ関連の情報をディスプレイに表示させた。
「探求ミッションにトラックを使うという話は聞いたことがないが。」
ホーリィは平然と答えた。
「そうですか?私は可能な限りヤングドワーフを、私のトラックのことですが、そいつを使ってますけどね。なにしろ長旅のための荷物を沢山積めますからね。それに靴は履きなれたもののほうがいいでしょう?」
ミハエルは次々に表示されるヤングドワーフの資料を見ながら言った。
「言ってる意味はよく分からんが、記載漏れでないことは理解したよ、ホーリィ。しかし、このトラックは変わってるな。どこの車両メーカーのものなのかさっぱりわからん。しかも、大型12外輪か。いまどきこんなクラシックカーは見たことないぞ。タイヤなんてものは当の昔に陸面浮上方式に駆逐されたもんだと思ってたが。」
ホーリィはにやりと笑って答えた。
「でも、ユニオン陸運の車検はパスしてますよ。それに古いものにもいいところはあるもんですよ。ヤングドワーフは、おなじ規模の陸面浮上式輸送車両の三倍の積載荷重を持ってますからね。移動速度では負けますが、私は安全運転ですから、そこは気になりませんしね。」
 ミハエルはふむと短く声にし、しばらく考え込んだ後、こう告げた。
「まあ、よかろう。君のこれまで達成した探求ミッションの影にこのトラックがあったというのなら、あえてそれを止める理由もないだろう。君の計画書はオールグリーン、つまり完全に承認された。すぐに準備にはいりたまえ。まず、コントロールセクションに行くといい。そこで衛星確保の手続きができるように通達を出してある。それから申請した物資のいくつかはここのストックセクションで受け取ることができるだろう。それ以外のものは予算枠の中でどこかに発注を出したまえ。」
ホーリィは立ち上がって一礼すると部屋を後にした。ミハエルはホーリィが葉巻を必要以上にねだらないことにほっとして、自分の仕事に戻った。

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