長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第一部


グランビア16

 グランビア16は、この茫漠とした砂漠地帯に五世紀ほど前に開闢された都市である。
 当時この一帯を支配下に置いたファンクラム王朝は、様々な民が点在するこの砂漠の隅々にまで王の威光を広げるため、ところどころにある通商拠点に十八個の軍事施設を築いた。その中で十六番目に造られた軍事施設がこの都市のはじまりであった。
 幾重にも築かれた堅牢で長大な城壁の中心には砂の海を睥睨する高層建築がそびえていた。その建物を中心に複雑に入り組んだ街路が大小さまざまな軍事施設を結んではしり、さらにその先には商業施設と住宅地がひろがっていた。歴史上のこの地の支配者の名前は何度も書き換えられたが、都市そのものの用途は一貫して変わらなかった。グランビア16は時代ごとの技術や文化の影響を受けながら着実な変容を繰り返し、現在では、すさまじく巨大な半円形のドームに覆われた、鋼鉄とガラスとその他諸々にして膨大な合成素材による都市に変貌していた。

 過酷な地において人類種の生存環境を保持するために、それはあたかも、地上に落ちたスペースコロニーのようであり、完全を期した環境維持システムがドーム内に張り巡らされ、それを礎として高層建築と近代的な輸送システムが建設されていた。そして、そこには大量の軍人やその関連設備で働く人々を呑み込んだ軍事国家の縮図的社会が展開していた。


 グランビア16の南門を起点とする車両のための幅の広い舗装路は主要輸送路14番と呼ばれていた。この道は、しばらく北上した後、ゆるやかなカーブを描いて真東に曲がり、そのままグランビア16の外周を走る環状線となる。道なりに少し進むと広大な倉庫群と様々な陸上輸送用の車両が出入りする広大な区画が右手に見えてくる。この区画は延々と続く金属素材が荒い網目に編まれたフェンスで囲まれており、ところどこに星雲を意匠化したユニオン徽章の旗がたなびいている。14番道路に面したフェンスには、三箇所のゲートが設置されており、そこにはユニオン・ファビュラス陸運三十八区分・グランビア16借用街区という金文字が掘り込まれた光沢のある石版がはめこまれていた。

 ヤングドワーフはその中にある大きな大きな倉庫の脇に横付けされていた。ホーリィはヤングドワーフの運転席の下に降り立ち、いつものごとく、煙草をふかしていた。
「ホーリィさん、ちょっと問題が。」
にきび顔の若い荷受検査官が、ホーリィのところに駆け寄ってきて、携行端末に表示された検品リストを示した。
「運んでもらった荷物のうちの、牧童印のバランスレーションの箱がひとつ破損してまして、内容物に欠品が見られるのですが。」
ホーリィは驚いたように目をみひらいて次に眉間にしわをよせ、検査官と一緒に彼の携行端末の画面を覗き込んだ。
「本当?ああ、本当だ。どうしたんだろう。とはいえ、荷おろしの時に破損したんじゃないとすれば、積み込むときかな?向こうの出荷スタッフが、結構荒っぽく積み込んでいたようだからね。もちろん、その時に気が付いていれば、輸送品目リストにその旨を書き加えておいたんだけどね。」
検査官は怪訝な表情を浮かべ、探るような目つきでホーリィを見ながら言った。
「まさかとはおもいますが、荷物の横流しとかではないですよね?」
ホーリィはさらに驚いた様子を見せて答えた。
「そんなことしたら、陸運ライセンスが抹消されるだろう?冷静に考えてみたまえ。たったこれっぽっちの簡易食品のためにそんな危ないことすると思う?しかも有能な君の仕事振りから見出されたところによるその欠品は、このリストによると六袋くらいだろ?そんな小口荷物を誰が横流しされて喜ぶんだい?運んでる途中に俺が駄菓子屋にでも卸したっていうのかい?」
 検査官の持った疑惑は解消されたわけではなかったが、記すべき質疑応答はこのやりとりですべて満たされた。検査官自身がほしかったのは、記録として書き加えるべきやりとりそのものであり、真実ではなかったのである。

 職務をまっとうして検査官が立ち去ると、ホーリィはヤングドワーフの運転席へのりこんだ。
「あいかわらずのやり口ですね。」
ケイはコンピュータプログラムとして可能な限りの声の抑揚をつけて、あきれたような口調でいった。
「でも、私は真相を知っていますよ、ホーリィ。」
ホーリィは次の煙草に点火しながら、答えた。
「ああ、おまえさんにも胃袋があれば、共犯者になれたのにな、ケイ。」
「いえ、ご免こうむります。ところでホーリィ。ビジュアルメッセージがニ件とどいてます。サミュエル・ヘイガー様とミハエル・フリント様からです。」
「サム爺さんのは、見なくてもわかるな。救命キットを緊急転送してもらった時の支払請求だろう。でも、ミハエルなんとかってのは誰だ?本人確認の認証は?」
 ケイはトラックのフロントガラスでもある表示装置に慇懃な表情を浮かべた初老の男性の写真を掲示しながら答えた。
「身分認証公団の証明コードによると、ザ・ユニオン・ファビュラス陸運三十八区分・グランビア16借用街区主席探求者となっています。メッセージを開きますか?」
 ホーリィは今度こそ芝居抜きで本当に驚いた。それは、この施設を統括するユニオンの幹部だったからだ。メッセージの内容はごく簡単なものだった。曰く「荷物の引渡し作業が済み次第、すみやかに出頭せよ。以上。」ホーリィはしばらく考え込んだ。くわえ煙草の灰が長くなり、やがてぽろりと膝の上に落ちた。
「なぁ、ケイ。つまみ食いの一件、報告した?」
ホーリィは落ちた煙草の灰をはらいながら言った。
「いいえ。記録は残してますが、報告はしてませんよ。そのように指示したのはあなた自身じゃないですか、ホーリィ」
「だよなぁ。」
ホーリィはそういうと、ヤングドワーフを飛び降りて呼び出し者の部屋があるとおぼしき建物にむかった。
「そうそう、ケイ。ヤングドワーフを待機停車場に動かしておいてくれ。すぐもどるから。たぶん。取って食われなければ、だけど。」


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