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ビーユシナナ・アクゥ:第零章


アクティアヌス・イン
〜アクティアヌス、大いなる対峙〜

 星降る空の下、アクティアヌスはビューイの言葉をもう一度思い出し、そしてその意味を考えていた。
 いや…。
 アクティアヌスはすでに、ある答えを見出していた。
 すべてのつじつまが合うためには、一つの答えしか考えられなかった。
 しかし…、
 その答えまで導いたのはビューイだった。そして今となってはビューイそのものが不確かな存在であることを認めない訳にはいかなかった。
 それでも…、
 アクティアヌスは走り始めた。
 ビューイが何者であろうと、もし彼の与えた示唆が正しいものであるならば、一刻の猶予も残っていないかもしれない。
 アクティアヌスはサシリエルの部屋へ駆け込んだ。
 そこには、眠れるサシリエルと、それを前にするオベルザリアの姿があった。
 アクティアヌスは大剣ジークハルバラードを引き抜くと、両の手でそれを握り締め、迷うことなくオベルザリアに打ち込んだ。
 ジークハルバラードはオベルザリアの胸を貫き、オベルザリアは一瞬だけ驚きの表情を浮かべ、そしてにやりと笑みを浮かべた。
「気付いたかアクティアヌス」
 アクティアヌスは剣を引き抜き、また構え、致命の一撃をくらってなお悠然と立つオベルザリアと対峙した。
「どうしたことか、アクゥ!」
 異変を察知したハリが現れ、そして立ちすくんだ。
「二本のジークの剣…」オベルザリアは、胸元に開いた衣服の切り口を指先でつまみ、それから嘲るように「そして、有限の命の者…」
威圧するかのように両手を広げ、アクティアヌスに一歩踏み出し「オパーラ・ナトゥラームをもつバラミアの者を倒すには…」
 アクティアヌスは、また一撃打ち込んだ。今度はオベルザリアの頭部をなぎ払うように。しかし大剣ジークハルバラードは、あたかもそこに何もないかのように空を切った。
 オベルザリアは意に介さず続ける。「…すなわち私を倒すには、剣が一本足りぬようだが? 黒き誉れ、アクティアヌスよ」
「オベルザリアが…。ナ・バラムと?」
 ハリの呟きにオベルザリアを睨めつけたままのアクティアヌスが答える。「ひとつ、へテラソベスに飛行機械の『智恵』を授けた者がいる」じりりと一歩さがりつつ「ひとつ、こことベルダンギアの間に異界の穴を穿ちて行き来していた者がいる」構えなおして「ひとつ、ジークの剣とその使い手を自らの側より遠ざけたかった者がいる」
 ハリは背の長銃を取り出し構えて、言葉を引き継ぐ「そしてなにより、アクゥの剣を受けてなおも平然としている者がここにいる」
「いかにも…」オベルザリアは悪鬼の如き笑み浮かべ「お主がおらぬ間アクティアヌスよ。私は存分にヴォセバラミアの力の源を探り得ることができたぞ、例えば…」人差し指を突き出し、ハリを指差し「このような」
 とたんにハリは銃を取り落とし、苦悶に歪んで胸をおさえ、かがみこむ。
 オベルザリアは楽しむように、指をそらしてその指先をしげしげと眺める。
 ハリサエラヴァリヌスは胸の締め付けよりは解放されたが、しかし未だ立ち上がること相成らず、ただ汗を全身に噴き出させ、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。「しかし、なぜ、知恵者たるあなたが…」
「我らこの地に至りて幾星霜、常に控えて表舞台に立とうとせず。だが、考えてもみよ、バラミアこそが支配者たりえる者ではないのか? 何故ヒトの面倒などを見る必要があるか? 万物我らにひれ伏して、我らは万物を統べるべし。これこそが真の世界の理というもの」
「その歪んだ思想を形にせんとへテラソベスを堕落させ、バロモニアをそそのかし、アリューシャの知識の欲を煽ったと言うか、グァンタグノミヌス・オベルザリアよ!」アクティアヌスはそう言いながら大剣ジークハルバラードを床に激しく打ちつけた。火花散らして剣の刃先は二つに折れ飛んた。
「ほう?」オベルザリアは床に落ちた大剣の刃先を冷ややかに見やり「まさか、それをしてジークの二本剣と申し立てる訳ではあるまいな、アクティアヌスよ。児戯が如き悪いあがきよ」
「試してみようぞ」アクティアヌスはそう言って床の上から大剣の刃先を拾い、素早くオベルザリアに駆けよりつ、右の剣を振り下ろし、左の刃先で背よりオベルザリアを刺し貫いて、さらに自らの胸を突く。
 ハリはその目をかっと見開き、言葉にならぬ心の叫びを張り上げて、アクティアヌスの行為を焼き付ける。
 オベルザリアは高らかに笑い「げに愚かしきは黒き誉れ。主がそれに思慮はなく、無下の正義に命を散らすか」
「我が命が散るなれば、その死の対は誰が成すか、考えよ」アクティアヌスはそう言ってその場に崩れ落ちた。
 オベルザリアは足元のアクティアヌスを見下して「教えてやろう、アクティアヌスよ。主が死の対はサシリエルよ。愛しき女と共にあるなら、寂しくなかろう死出の旅路も」
「いいえ…」サシリエルはそう言い、涙を流しつ目を開いた。「我が呪縛が解かれた意味を考えてみるがよい、知恵者の残骸オベルザリア…」
 見るやオベルザリアの体に異変が生じ、その姿まるで、石像のように足元から固まり行く。オベルザリアは驚愕し、まるで何かを掴もうとするかの如くに両手十指が宙掻きむしり、そしてついにそのまま凍りつく。
「アクゥ…」サシリエルはよろよろと立ち上がり、アクティアヌスに近づき膝を折り、その両の頬を抱きしめて悲哀の涙をそこに落とす。
「アクゥは…」ハリは続く言葉を飲み込んで、夢なら覚めよとばかりに頭を振る。
 サシリエルは嘆き悲しみ打ち震えつつ、しかしはっきりこう言った。「いえ、まだ死んではおりませぬ。アクティアヌスもオベルザリアも…。やはりジークの剣は大小二本が必要だったのです。でも…もはや生き返ることもならず、彼は今、生死の境目にいて両方の苦しみを無限に与えられています…」
 そして震える唇をアクティアヌスのそれにそっと重ねた。


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