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ビーユシナナ・アクゥ:第零章


アーユ・ナ・バラム・ヘテラソベス
〜ヘテラソベス・最初のならざる者〜

 日は傾いて薄暗く、森の動物達はねぐらや巣穴へと戻り、とって変わって夜を生きる捕食者どもがのそりのそりと起き出しはじめた。危険が潜む闇の時間が間も無く訪れようとしていた。にも関わらず、谷底で働く人足・職人・警備の兵は、まるで昼も夜も関係ないかのよう。ただひたすらに働き詰めの様子だった。
 アクティアヌスとビューイは、それぞれの軍馬を断崖の上へと残し、周囲を染め行く暗がりにまぎれ、道とはとても言えないようなわずかばかりの足場をつたってじりりじりりと谷の底へと降りて行く。
 一歩一歩また一歩と下りながらもアクティアヌスはその目と心をじっくり凝らし、敵陣の様子に探りを入れた。ナ・バラムどもに気取られないよう、細心の注意を払いながら。
 間も無くして完全に日は没し、アクティアヌスとビューイは谷底へと降り立った。
 もうほんのわずかばかり、そう、十数歩ほど先に、大きな篝火が焚かれており、そこからが敵の縄張りの始まりだった。点々と置かれた篝火たちはその守備範囲から闇を追い出す役目を果たし、深い森の深い谷底につくられたナ・バラム軍の工廠陣地全体を明るく照らし出していた。
「奴ら、昼も夜もなく突貫作業でやる気だよ」ビューイが姿勢も低くささやいた。「どうするね? そこかしこに守備兵も居るし。なにか考えはあるかね?」
「心が捉えた。ヘテラソベスはあそこにいる」
 アクティアヌスは、一番遠くて一番大きな小屋とテントを掛け合わせたような建物を目で示した。
 ビューイは頷き「なるほど、それから?」
「今、ここを守っている武人は二十人ほど」
「なるほど。でもそれが全部じゃあないだろう。三交代でやってるとして六十人。四交代なら八十人だ。おまえさん、勝てるかね?」
「ヴォッサが混じっていなければ」
「オーケーわかった。じゃ、こうしよう。まず、俺があそこをぶっ潰す」ビューイはそう言い親指を突き出すと、左手の向こう側で赤々と燃えあがっている巨大な溶鉱炉の方を指し「見たところ、あそこがここの設備の要だ。あれが潰れればここは機能しなくなる。最悪でもバハラジーア攻略までの時間は稼げるし、その混乱に乗じておまえさんは、へテラなんとかの首を取る、てのはどうかね?」
「疑問がある」
「どうぞ」
「どうやって、あの大きな溶岩の釜を破壊するつもりか、君は」
「そいつは、俺にいい考えがある」ビューイはそう言い、背中に背負ってきた荷物袋の一つを開いて見せた。アクティアヌスは中を覗き込み即座に納得の微笑を浮かべた。
「じゃ、決まりだな。俺はちょいと仕事してくるよ。花火が上がったらそれが合図だ。それまで良い子で待っていてくれ」
 ビューイは断崖を背に、篝火の明りを避けながらぐるりと陣地を回り込み、溶鉱炉めがけて去って行った。
 アクティアヌスは大剣ジークハルバラードを背から引き抜きそれを構え、その場に胡座をかいて座り込み、ビューイからの合図を待った。

 アクティアヌスの言葉のように、溶鉱炉は、まるで溶岩が詰められた大きな大きな釜のよう。下からは地獄の業火それを炙り、放り込まれた大木たちを燃やし溶かして、含まれる有用な金属成分を抽出する役割を果たしていた。
 釜の上に向かって昇りと下りの一組の傾斜路が足場として組まれており、上半身裸の男たちが何十人がかりで大木を運びあげては地獄の釜に放り込み、別の斜路から降りてくるということを繰り返していた。
 溶鉱炉の中では、大木が放り込まれるたびに爆発が起き火柱が上がる。大木に含まれる水分が瞬時に大膨張して水蒸気爆発を起こすのだが、ビューイにはそれは樹木の断末魔の声にも思えた。
 火柱を背にして下りの斜路を降りてきた男たちは、次に運ばれるのを待つ大木が山と積まれた集積場所へと戻ってくる。そこに人足頭らしき男が一人いて全体の指揮をとり、降りてくる男たちに次の指示を繰り出していた。

 ビューイは暗闇の中からその様子をしばらく窺い見ていたが、やおら上着を脱いで上半身を剥き出しにすると、脱いだ上着を腰に巻きつけて、不自然に見えない位置へと気をつけながら移動した。そしてそこから頃合を見計らって人足頭のところへ駆け寄った。
「おーい、旦那」
 人足頭は不意の呼びかけに怪訝な顔で振り返り「なんだ? 誰だお前?」
「ビューイだよ、新入りだがね。でも、俺は今、大事な連絡で旦那のところに来たんだよ。とても大事な連絡でね、しかも大急ぎな連絡だ」
「あんだってんだい、一体よ」
「あすこさね」ビューイはそう言って、一際大きな建物を指差して「あすこで、バラミアのお偉いお人が、あんたを待ってるんだよ。」
「ヘテラソベス様がか? おりをか?」
「そうそう、なんかおっかない顔してたよ。なんで来ないんだ、お前もう一回呼んで来いっていわれてね」
「いや、ちょっと待て。おりはヘテラソベス様からお呼び出しは受けてないぞ?」
「そりゃ、旦那。俺にはわかんねえよ。俺が知ってるのは、そのお人がおっかねえ顔して旦那を今すぐ呼んで来いって俺に命令したってことだけだよ」
「ううむ、なんだ一体」
「あ、そうそう手は休めるな、ともいってたな」
「分かった」頭はそう言うと、ちょうど戻ってきた人足たちに「おう、おりはちょいとばかり離れるが、おめたちは、こいつを運んどけ。それから、新入りのおめはよぅ」頭は今度はビューイを睨みつけるようにし、人差し指をつきだすと、それでビューイの胸を小突いた。ビューイは、気持ちの中で身構えたが、態度には出さずに「なんだい、旦那」
「次のあれたちが降りてきたら、こいつを運べといっておけ。その次はこいつで、そのまた次がこいつだ」
 人足頭は横たわっている大木を何本か、まるで脈絡ない順番で指さすと、そのままのしのしと建物に向かって去っていった。
 人足たちは頭に言われた大木をえいほと担いで釜に向かい、ビューイはといえば急いで大木たちを見てまわり、すぐに狙い通りの一本を見つけ出した。
 その大木にはひとつの洞があり、ビューイは洞の奥に青白く輝く木の実をざらざらと流し込むと、仕上げに木の実を入れていた荷物袋を押し込んで洞にちょっとした中蓋をした。その木の実こそ、さきほど森の中で見つけた爆発性のあるベーグ・ベリィの実だった。
 ちょうど次の人足集団が戻ってきたので「次運ぶのはこいつだってよ」と、ビューイはたったいま仕込みが終わった一本を指差した。
「お頭はどうしたい?」
 人足の一人が言いビューイが答えた。「ちいっとばかし用事があるってさ。でも、次はこれだって伝言されたんだ」
「こりゃ、いつものより小さくていいや。すこしばかり楽が出来るぜ」と別の人足が言った。
「でも、重要な一本らしいよ。慎重に大事に運べとお頭が言ってたよ。あんまり傾けたりすんなってね。ひっくり返すなんてもってのほかだって。危ないもんを運ぶみたいに扱えってさ」
 そしてその"危ないもん"は運ばれていった。ゆっくりとゆっくりと、煮えたぎる溶鉱炉に向かって。ビューイはその場を離れた。急いで急いで、なるべく遠くへ。

 アクティアヌスはずっとじっと黙ったまま座っていた。目を閉じて胡座をかいて、しかし大剣はしっかと携えて。
 遠くの溶鉱炉では、どーんどーんと水蒸気爆発の音がして、その度々に闇夜に向かって火柱が上がっていた。
 そしてとうとう、ビューイの木が放りこまれ、轟音と共に大気も大地もびりびりと振るえた。
 真っ赤に溶けた灼熱の金属が、乱射乱撃雨あられ、まるで火山の噴火のように、弾け飛び散り降り注いだ。
 溶鉱炉の周辺は阿鼻叫喚の大恐慌、しかしアクティアヌスは未だ黙して目を閉じていた。
 また轟音がして、今度は溶鉱炉の腹が破れた。金属流が噴き出して、あたりを燃やし流れはじめた。
 アクティアヌスは立ち上がり、悠然としてヘテラソベスのいる建物に向かって歩み始めた。
 逃げ惑う人足や、消火を命ずる怒号の中で、誰もアクティアヌスを気にかける者はなかった。

 その時ヘテラソベス、人足頭を前にして怒り心頭猛り狂う。ヘテラソベスは見栄えのしない痩せっぽっちで、ぼさぼさの灰色の髪をふりみだし、豪奢なローブのような作りのバラミア服の袖から、細った両の腕をはみださせ高々と挙げ、拳は固く握り締めてわなわなと震わせて、そんなことは言ってはおらんと人足頭を怒鳴りつけたその瞬間に、轟音とともに建物が揺れた。
 慌てて建物の外に飛び出したヘテラソベスの目には、溶鉱炉の残骸と、残骸から噴出す猛り狂った火焔と、火焔から逃げ惑うヒトたちの姿が飛び込んできた。
「なんたることぞ」それから、その辺にいた誰や彼やに遭い向かい「ヴィルマーナを飛び立たせよ! 早よう! 早よう!」と叫んだ。
 その時突然、ヘテラソベスは襟首をむんずと後ろから引っ張られ、そのままずるずると元居た建物の奥へ奥へと引き摺られ、終いにどかんと壁にむかって放り投げられた。
 手足を投げ出したまま何事かと見上げると、目の前には漆黒の鎧に身を包んだ騎士が、大剣の切っ先をつきつけて、こっちを見下ろしていた。
「ア、ア、ア、アクティアヌス!? 主がなんで、ここにおる? 一体なんでここに来た!」
 ヘテラソベスは、壁際に垂れ下がっていた大きな太い飾り紐につかまって立ち上がるような素振りを見せ、その実、紐を引いて警鐘を打ち鳴らした。
 うぁんうぁんと鐘は陣中に鳴り響き、しかしすぐにアクティアヌスの大音声にかき消された。「オパーラ・ナトゥーラムを持っているか、ならず者の一人、ヘテラソベスよ!」
 警鐘を聞きつけて、手に手に剣を握ったヒトの兵士がだららだららと建物内に駆け込み参り、アクティアヌスを取り巻いた。アクティアヌスは意に介さず、同じ言葉を繰り返した。「オパーラ・ナトゥーラムを持っているかと聞いている。どうなのか、ヘテラソベス!」
 兵士達は取り巻きながらも、ただただアクティアヌスの闘気と怒気に気圧されて、切りかかることもできずに立ちすくんだ。
「ばかものどもが、なんとかせんか、早よう!」
 ヘテラソベスの叫び声に、兵士達は己が士気を鼓舞するように、口々になにかを叫びたて、剣ふりかざしてアクティアヌスに殺到した。
 大剣ジークハルバラードが円を描きて一刀両断、兵士たちはなにごとやらと理解せぬまま上へ下へと二つ分かれて飛び散った。
 円を描いて大剣は、ただのひとつの曇りもなく、ヘテラソベスの鼻先へと舞い戻ってきた。

 ビューイは少し離れたところから様子を見守るつもりだったが、思ったよりも早く花火が上がった。溶けた金属が火山弾のように飛んできて、さらに遠くへ逃げなければならなかった。一生懸命駆けていると、陣中に響く警鐘の音が聞こえてきた。
「アクティアヌスの旦那のほうが、あの花火よりも派手だったか」そう言いながらふと見ると、例の巨大な飛行体の四つのローターが回転し始めたのを見て取った。
「飛ぶ気か? やばいな!」
 ビューイは己が進路を転じると、ヘテラソベスがヴィルマーナと呼んだ飛行体のほうへと向かって行った。
 巨体を支えるローターは、それはまた大きなもので、巻き起こす風も物凄く、ビューイは必死になってにじりより、飛び立つ直前、かろうじて搭乗デッキのでっばりを掴むことができた。
 浮上したヴィルマーナに振り落とされまいと死に物狂いでぶらさがり、ようやくその内部に這い上がると、そこには五人ほどの兵士が待ち構えていた。
「何奴か、貴様!」
 兵士の一人に見咎められても、ビューイは臆する風もなく、衣服の埃を払う真似ごとをし、然る後に礼儀正しくお辞儀をした。「失礼、私めは旅の商人でございます、本日は旅行のご案内なぞと、ひい、ふう、みい、よ…五名様でございますか」と面前の兵士の数を指さし数え、やおら懐から抜いた六連装輪転式の銃で、面喰らってる彼らの面の額を撃ち抜いた。
「片道旅行で申し訳ないが、旅費はおまけしておくよ。」そう言いながら、弾を詰め替え、この飛行体を乗っ取るために、操縦区画を探しまわった。

「待て、待て、待て、待てアクティアヌスよ」
 ヘテラソベスは両の掌をつきだしてわめいた。「オパーラ・ナトゥーラムだと? なんだ? 何をいっているのだ?」
 アクティアヌスは静かな口調で「知らずというなら、それでも良い。答えはこの剣に聞こう」と、大剣を振りかぶった。
「待たんか! 騙されたのだ、私は。堕落させられたのだあの者に!ヴォセバラミアを亡きものとせんとする、あの者に!」
 振りかぶった大剣がぴたりと止まった。
「それでも、殺すか哀れな私を! 私を殺して、ヒトと同じ輪廻の道へと落とすというか! 私を殺さば、永遠に私の口は閉じられようぞ、そして生まれ変わるたび、主のことを呪おうぞ!」
 この者はなにおか知っているのかと、アクティアヌスに迷いが生じた。その一瞬の隙をつき、ヘテラソベスは別の飾り紐をぐいとばかりに引いた。
 それを合図としたかの如く、建物の右の壁がぶち破られて、大きな影が現れた。
 アクティアヌス、とっさに大剣を振り下ろし、ヘテラソベスを二つに割り、割られたヘテラソベスは呪詛の言葉を吐きながら、輪廻道へと落ちて骸となった。
 しかし、現れ出でたる大きな影がアクティアヌスをば突き飛ばし、突き飛ばされたアクティアヌスは背後にあった階段に痛く激しく叩きつけられ、二転三転ころがるとそのまま床へと倒れこんだ。
 大きな影の持ち主は、一人のヴォッサの兵だった。しかもところどころに機械装置が埋め込まれた異形の体のヴォッサ兵だった。その肉体は機械の力で強化され、どんなヴォッサよりも力強く、その心は機械の力で狂わされ、どんなヴォッサよりも凶暴だった。
 アクティアヌスは呻きつつ、しかし打撲の痛みによく耐えて、剣をついては起き上がり、起き上がりながらヴォッサを睨む。ヴォッサは奇怪な大声を発し、太い両腕振り上げてアクティアヌスの間合いに飛び込んだ。
 アクティアヌスの大剣はその胸板を貫いてその突進を押し止める。ところがなんとしたことかヴォッサはその大剣の刃をしっかと握り締め、ぐいと引き抜き持ち上げて狂ったようにそれを振り回そうとする。過激な力に大剣はするりとアクティアヌスの手を離れ、部屋の隅へと放り転がる。
 アクティアヌスは方膝ついて持ちこたえ、小剣ジークデルグラードを引き抜くと、その見えぬ力で対の大剣をば呼びもどし、迫るヴォッサの顔面へとそれを突き刺して、蹴り飛ばす。
 痛みに狂ったヴォッサはあたり構わず猛り狂い、両手両足めちゃくちゃに振り回しては踏みしだき、アクティアヌスをばバラバラに引き裂いてみせようぞとばかりに迫ったその時に、突如走るは炎の柱、建物内部のあちらこちらが燃え上がる。
 気がつけば熱く感じる周囲の空気、これはまさしく、溶鉱炉から流れ出たる溶岩流がここまで迫った証だった。あたり一面、あれという間に炎の風がなだれこみ、ヴォッサ見る間に火達磨となり絶叫とともに火の海に沈む。アクティアヌス、階段を駆け上がり、窓から外を見下ろすと周囲は業火に包まれてもはやどこにも逃げ場はなかった。
 と、突如聞こえた爆音と共に、頭上の屋根がめりめり崩れ、そこから見えたのはあの飛行体ヴィルマーナと操縦席のビューイの姿。
 再び近寄るヴィルマーナに向かいアクティアヌスは跳ね飛んでつかまり、ヴィルマーナはアクティアヌスをぶら下げたまま闇夜高くへと舞い上がった。
 アクティアヌスが眼下を見れば、そこはもはや炎の濁流が走る火焔地獄。あらゆるものが火と煙に巻かれ、いたるところで爆破と炎上が起き、もはや成す術なしといった状態だった。
 ビューイはもちろん、このような飛行装置を操るのは初めてのことだったが、なんとかそれを崖の上すれすれの高さまで持ってきた。そして、ぶらさがっていたアクティアヌスうまい具合に飛び降りて着地するのを確認した後、自身もまた、なるべく柔らかそうな枝葉のある樹木を選んでそこへ飛び降りた。
 制御を失ったヴィルマーナはそのまま紅蓮の炎の海へ落ちていき、異音を発しながらその奥底で燃え尽きた。

 その夜、バハラジーア大鐘楼の鐘が二度、突かれた。それは時を告げる鐘とは違った。バハラジーアの全てのヒトたちにとってその音を聞くのは初めてのことだったし、バラミア人もその音を聞くのは何千年か振りのことだった。
 滅多に鳴らされぬその鐘は"悼みの鐘"と呼ばれていた。今夜バラミアの誰かが死んだのだ。
 バラミア人は年老いることはなかったが、しかしそれは不死という事ではない。また、バラミア人は肉体よりも精神の比重が大きい種族ではあったが、しかし肉体を無視して存在できるという訳でもない。
 だから、死ぬこともある。
 でも、それは稀有な出来事である。
 だからバラミア人は、ヒト以上に死というものを重く受け止める。同胞の死は、残された者たちへ精神的衝撃として伝わる。どんなに離れていても伝わる。
 悼みの鐘の音は、切なく悲しい余韻を引いて、バハラジーアの石造りの町並みに木霊し、遠くガルザハッシュ山まで響き、死者たちの魂に別れを告げた。
 ハリは鐘楼台で、悼みの鐘の撞木の紐を握ったまま、細い細い月の懸かった夜空を見上げた。
 星が二つ流れて落ちた。
 一つはナ・バラム、シンダーリニア・ヘテラソベスの星だった。
 いま一つは、ネウインベーグの豪腕、ドミスタギウム・ヘイムグプタの星だった。
 今朝方からはじまり、夜半まで続いた合戦は激しかった。見たこともない、機械を埋め込まれたヴォッサの一群がヘイムグプタを取り囲んだ。ヘイムグプタは最後の瞬間まで大斧を手放さず、多くのヴォッサの骸の山を築いたが、とうとう力尽きたのだ。
 城壁の上のハリの心は、その時激しく疼いた。その疼きが去らぬうちに、ヘテラソベスの死を伝える心の痛みが別の方角から届いた。
 その直後、機械化ヴォッサは、暴走をはじめ仲間割れを演じ、自滅した。しかしハリはそれどころではなかった。
 以来、ハリは、五つの悲しみを抱えている。
 ナ・バラムとは言え、同胞でもあるヘテラソベスの死が悲しかった。
 そのヘテラソベスが、ハリにとって特別の同胞であるアクティアヌスの手にかからねばならないことが悲しかった。
 ヘイムグプタの死はもちろん、掛け値なしに悲しかった。
 そして、ヘイムグプタの死は、恐らくヘテラソベスの手による凶悪なヴォッサによってもたらされたのであろうということが、悲しかった。
 最後に、自分がこの鐘を突く役目となったのが悲しかった。本来これはヴォセバラミアの役目なのに、彼女は依然として眠りから覚める様子はなかった。
 なぜ、かくも相克しあわねばならぬのか。なにがどこで狂ったのか。
 ハリは夜空に尋ねたが、星々はなにも答えてくれなかった。


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