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長距離輸送業者と女泥棒の話(仮題):第三部


言葉の間

 ラシャ・グラビスタは大股に歩いてくると、わき目もくれずにそのままホーリィとヴェルの横を素通りした。今の今まで幽鬼たちが漂っていた辺りまで行き、そこかしこに落ちている刀剣を手に取ったり、床を調べたりし始めた。
「気にいらねえな、ああ、気にいらねえともよ。見てみな、旦那。ここらに散らばってる刀をよ。」
 ラシャはそう言って、落ちてる刀剣をひとつ、ホーリィたちのほうに蹴飛ばしてよこした。床をすべってきた刀をホーリィは拾ってみた。
「何の変哲もない、ただの刀見えるが?」
 ラシャはホーリィたちのほうにずかずかと戻ってきながら言った。
「だから気にいらねえのよ。ただの刀がひとりでに飛び回ったり襲い掛かって来たりするのがよ。」
 ヴェルがブラスターガンを大柄の海賊に向けて、口を開いた。
「ラシャ・グラビスタね。ディープ・ラヴァクで三本の指にはいる重犯罪人の。監視局のヴェロニカ・ヘイムワーグよ。そこで止まりなさい。変な真似はしないことね。」
 ラシャは臆するでもなく、そのままヴェルのまん前まで歩み寄って来て言った。
「よしなよ、天敵のねえちゃん。たしかに俺ぁ海賊だがよ。同時にあんたらの命の恩人様よ。だろ?それともなにかい?あんたらを助けた罪で現行犯逮捕しようっていうのかい?こっから連れ出す船もねえのにかい?とりあえずそいつぁ他所に向けてくれよ、ねえちゃん。俺ぁすぐさま逃げるような真似もしねえし、あんたらを突然ズドンともやったりしねえよ。」
 ホーリィが割って入った。
「それにしても、おまえさん、こんなところで何してんだい?ピクニックにしちゃ身軽だな。」
 ラシャは豪快に笑うと、答えた。
「あんたの後をつけてたのよ、ホーリィ・アクティア。こんなとこに連れてこられるとは、まさか思ってなかったがよ。」
「なんで、俺を追っかけてんだい?ラブレターのついたプレゼントでも渡したいのかい?」
「あんたが本当にキャトの末裔だって分かったからよ。仕組みは言わねえがよ、監視局のやりとりは、俺にはぁ筒抜けなのよ。」
「なんですって!」ヴェルが黙ってはいなかった。「まさか、あのヴォッサたちをけしかけてきたのも、あなたの仕業じゃないでしょうね?」
 ラシャは両手を上にあげて万歳のようなポーズをとった。
「はっ!よせやい、天敵のねーちゃんよ。いくら凄腕の海賊でも、ヴォッサを飼いならすことなんか出来る訳がねえ。ありゃ、事故よ。あんたらの不注意が招いた、まぬけな事故なのよ。」
 ヴェルはブラスターガンの引き金を引いた。天井に向かって。
「あったまに来るやつね、ほんと。私が海賊だったら、どてっ腹に風穴が開いてるわよ。」
「言い回しだけは、海賊なみに品がねえな、ねえちゃんよ。あんまり興奮するのはよくねえよ。空気の消費が激しいからよ。」
「まあ!ホーリィ、あなたからも何か言ってやってよ。」
 ホーリィは右手を上げて、ヴェルの言葉を制しながら言った。
「とりあえず、ヴェル。ラシャの言うことは、言い方は悪いが理にはかなってる。空気の残量は気にしないとね。それからラシャ。俺はおまえさんのことを信用するわけじゃない。でも、さっきの一件に関しては礼をいうよ、ありがとう。」
 そう言うとホーリィはスタイルヘルガー・メカニカルリボルバーに銃弾を補填し、奥へ奥へと歩きはじめた。

***

 石畳の通路はひたすら真っ直ぐに奥へと続いていたが、ホーリィは慎重な足取りで歩を進めた。ホーリィの右手すぐ後ろにはラシャが、左手すぐ後ろにはヴェルが続き、左右を警戒していた。
「あれから、なにも起きないわね。」
 ヴェルの呟きにホーリィが答えた。
「俺達は誰も死ななかったからね。生き返ってきて襲う役の者がいないんだよ、きっと。」
 ラシャが話しに加わってきた。
「さまよえる海賊城の話してんのか?」
「そう、その話をしてるんだ。そういやラシャ、おまえさんはここが恐ろしくないのかね?」
「気味は悪いが、怖かぁねえよ、兄弟。俺の先祖はニュインベルグの出なんでね。」
「かつてニュインベルグ神聖帝国のあった宙域のことかね?俺は噂でしか知らないが。」
「そう、それよ、それのことよ。俺ぁ、騎士様の遺伝子を持った誇り高い海賊なのよ。」
ヴェルが言った。
「ホーリィ、あなたの来たビューダンからは遠いかもしれないけれど、ラヴァクから見ればニュインベルグは隣の宙域よ。ディープ・ラヴァクからだと、ここよりもっと近いわね。しかし驚きだわ。どうしたら騎士の遺伝子が海賊に変わっちゃう訳?」
「言うじゃねえか、ねえちゃん。あんたこそ、海賊の遺伝子のくせに、海賊を取り締まってるんじゃねえか。おっと待ちな、なんだいありゃぁ、いったいよ。」
ラシャが銃口で示した先に、薄ぼんやりとしたオレンジ色の明りがみえた。
「一発、ぶちこんでみるかい?」
 ラシャはそう言うと、長銃を構えて狙いをつけたが、ホーリィが手を伸ばしてその銃身を押し下げ、制止した。
「祝砲ってのは、ゴールしてから鳴らすもんだよ。」

***

 ホーリィたちがたどり着いてみると、そこで通路は行き止まりだった。少し幅が狭くなっている入り口があり、その向こうはは天井がひときわ高く、左右にも開けていて広間のような造りになっていた。
「どういうことよ、これぁよ。」
ラシャがあたりを見渡して憮然と言い放った。広間の壁の際に沿って、赤々とした篝火が焚かれ、巨大な壁面をゆらゆらと照らし出していた。四方の壁には、巨大な両手に二つの眼を模った浮き彫りがあり、さらにその上にある星のような形に向かって伸びていた。
ホーリィが続けた。
「異様な光景だな。宇宙空間で炎が燃え盛っているとは。」
「壁になにか文字みたいなのが掘り込んであるわね…。ここが言葉の間なのね…。」
 三人はそれぞれ壁を見上げていた。ヴェルの言うとおり、揺れる炎の作りだす陰影が、巨大な手と眼の上、それから左右に文字らしきものを浮かび上がらせていた。
「読めねえな、おれにはよ。なんて書いてあるんだい?」
「わたしにも分からない。見たこともない文字ね。」
「無論、俺にも読めないけど、読めそうな知り合いはいるよ。聞いてるかね、ケイ。」
 三人の気密メットの中に、ケイの電子合成された男性声が流れた。
「ええ、もちろん聞こえてますよ、ホーリィ。なんでしょう?」
「俺が今見ているこの壁の文字、おまえさん読めるかね?俺の視覚神経信号を映像化していいから、そっちで見てみてくれないか?」
 数秒ほどの沈黙の後、ケイの応答があった。
「古バラミア文字ですね、ホーリィ。」
「そんな予感はしてたんだ。」
 ホーリィが短く言い、ヴェルが尋ねた。
「どういうことなの、ホーリィ?」
「つまり、君らの言う『さまよえる海賊城』をこしらえたのは、俺が追っかけてきた『古代船バラム』を作ったのと同じ人々だって、ことかね。」
 ケイの声がした。
「解析結果が出ましたよ、ホーリィ。そちらの通信チャンネルが単一固定になってますから、ほかのお二方にも聞こえる形になりますが、よろしいですか?」
「いいとも、頼むよケイ。」
「まず、中央図形部分の上部にあるひときわ大きな文字は『バラム』です。意味は『我ら』になります。」
 三人が三人とも、黙ってケイの報告に耳を傾けて、壁の文様を目で追っていた。
「続いて図形右側にある文字列ですが、ここには『ウーユ・バロモ・インバラム。アーユ・ネウインバーグ。ルートゥ・バージ・バーグトゥ・ネウ・インバラム。アーユ・ビューダン。クトゥーラ・アクダン・ザクータ・メレイン。アーユ・ラヴァク。ラール・ラ・ラルク・イーユ・ナリラール。ウーユ・バロモ・イン・バラム。バロモ・インバラム・ナナール・ヴォサバロモ。』とあります。」
ラシャが両手をあげて万歳しながら言った。
「ビューダンとかラヴァクってのは聞き取れたが、意味ぁさっぱりわかんねえぜ。」
 ホーリィが続けた。
「ケイ、星系共通語にすると?」
「いいですか、ホーリィ、次の通りです。『三人の我らの子あり/一人の騎士、甲冑、身にまといて、剣、主に捧げん/一人の商人、言葉、あやつりて、知論、弄ばん/一人の海賊、舟、漕ぎ出して、二度と戻らず/三人の我らの子あり/親を忘れた我らの子あり』です。今、そちらの方が指摘されたビューダンとラヴァクはぞれぞれ、商人と海賊に相当します。それと興味深い情報がありますよ、ホーリィ。この文章は、惑星ファビュラスのグランビア大砂海に伝承されている歌の歌詞と98パーセントの割合で文意が合致します。」
「非常に当惑させられる情報だね、ケイ。だか考えるのは後にしよう。とりあえず、残りの文面を教えてくれないかな。星系共通語で頼むよ。」
「わかりました、ホーリィ。いいですか? 『星々まず在り/彼らそこに新たな世界を創造せんとし/かつての世界を規範とす/彼ら先に根源たるものを星空に置かん/根源たる者、自由に宇宙を舞い、宙天の王たらん/彼ら次に物見役たる我らを大地に隠さん/我ら物見役たらんとし、根源より子を作らん/我らの子、我らに似せて作られん/我ら、我らの子に世界の歴史を託さん』。」
 ヴェルが不満げに言った。
「共通語でも難解だわ。」
 ホーリィもまた同様だった。
「俺もヴェルに同感だな。ケイ、文意を要約できるかい?」
「ええ、ホーリィ。そう言うだろうと思ってすでに作業は完了しています。しかし、私にはそれをあなた方に伝えることが、はばかられてなりません。」
「やけに勿体ぶった言い方をするな、ケイ。おまえさんにしては珍しいが。」
「いいですか、ホーリィ。我々は期せずして、あの『起源問題』に立ち戻ってきたようです。その壁面に記載されている文章を客観的に要約すると、次のような意味になります。『何者かがこの宇宙にきて、根源たるヴォッサと我々バラムを作り、我々バラムは歴史を作るために、ヴォッサから騎士と商人と海賊を作りだした。』と。つまりあなたがたは人為的に作られた存在だ、とその文章は述べているように思えます。」
 ケイの言葉を聞き終えて、三人が三人とも沈黙した。理解と戦慄と拒絶と関心のないまぜになったその感情に三人が支配された瞬間、どこからともなく声がした。
その声は外からではなく、脳の内側から発生してくるかのようだった。
声は言った。
記録の壁を読みし者、永遠にここに縛り付けられん、と。
次の瞬間−。ホーリィは、別の惑星上にいた。
岩だらけのごつごつして、硬い地表があたりを覆っていた。空は暗く雲に覆われ、時おり雷鳴のような閃きがその奥で輝いていた。
惑星デトニクスだ、記憶にある。と、ホーリィは思った。かつて所属していたユニオン宇宙軍による鎮圧作戦の舞台となった星。ホーリィがそう思い出したとたん、そこは戦場の真っ只中になった。近くで爆炎があがり、ホーリィは岩場の影に見を伏せた。気がつくとホーリィは気密スーツではなく、漆黒のコンバットスーツを着こんでいた。
ホーリィの横に、別の兵士が伏せていた。兵士はホーリィを見て言った。
「強行輸送車両部隊が、こんなところで何をしている?」
 ホーリィはその場面も記憶にあった。かつて本当に起きたことが、今また繰り返されていた。しかし、ホーリィはその瞬間まで忘れていたことがあった。その時声を掛けた兵士は、アレックス・ローランバーグだった。ホーリィのイアスピーカーから、かつての上官の声がした。
「ホーリィ、試作実験車両を引き上げろ。」
 また、近くで爆炎があがった。アレックスはどこかに向かって駆け去っていった。
 近くで、ヴェルの声が聞こえた。彼女はただひたすら、ママ、ママと叫んでいたが、どこにいるのか、ホーリィには分からなかった。
 ラシャの声も聞こえた。彼は、おめえら、なにしやがんでぇ、と叫んでいたが、やはりその姿はホーリィには見えなかった。
 雨が降り出していた。あたりはさらに暗くなった。
誰かが、ホーリィの背中に銃を押し当てた。ゆっくりと振り向くと、そこにはブラスターライフルを構えた抵抗軍の兵士の姿があった。
「ホーリィ、聞こえますか、ホーリィ。」
 また、別の声が聞こえた。ケイの声だった。
「ホーリィ、あなたが今見ているものは、実際の映像ではありません。なんらかの方法で、神経系が干渉されています。」
 ケイの言葉が終わると同時に、まわりの景色が言葉の間に戻った。しかしそれは、やけに実在感がない見え方だった。
「今、あなたの実際の神経入力信号をこちらで増幅してフィードバックさせています。それよりも、そこはあなたがたにとって危険な場所です。ほかのお二方は大丈夫ですか?」
 ホーリィが見ると、ヴェルはまるで何かから逃れようとするかのように、座り込んで両手を顔を覆い隠し嗚咽にむせていた。一方ラシャは、なにかを大声でがなりたてながら、あらぬ空間にむかって、長銃を振り回していた。
 なにかがぶつかったような揺れが、言葉の間に走った。大きな、しかし見慣れたタイヤがホーリィの目の前で止まった。ヤングドワーフが、広間入り口を破壊しながら突入してきたのだった。
 ホーリィは、ヴェルとラシャをひきずるようにしながら、ヤングドワーフのコンテナ側壁ドアに押し込み、自身も乗り込んだ。
 ケイはヤングドワーフのギアを後退にいれ、外輪駆動軸を接続した。
 ヤングドワーフは最大の後退速度で通路をバックし、重力制御のある石畳を離れ、そのまま宇宙空間に飛び出した。
 さまよえる海賊城は、赤い輝く星間ガスの奥底へと沈むように消えていった。


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